赤ちゃんへの栄養方法は、完全母乳だけでなく混合育児や完全ミルクなど様々な選択肢が選ばれる時代になりました。「どの栄養方法でもいいんだ」という意識が広まっていく一方で、実は母乳栄養や混合栄養を選ぶ母親は年々増加しています。
昭和60年度には母乳を与えている母親の割合は90.9%でしたが、平成27年度には96.5%にまで増加しています。母乳栄養と混合栄養の割合は、平成17年度まで42.4%:52.5%と混合栄養の方が増加傾向でしたが、平成27年度には51.3%:45.2%と母乳栄養が過去30年を遡っても1番高い割合という結果になりました。
この結果からも、母乳での栄養方法を選択する母親が未だ大多数であることがわかります。
しかし、2007年ごろより不快性射乳反射(D-MER /ディーマー)という現象があるということが徐々に浸透していきました。今回は、不快性射乳反射について詳しくご説明していきます。
不快性射乳反射ってどんな症状が起きるの?
授乳中に不快な症状が起こります。不快な症状は人によって様々です。
〈身体的な症状〉
吐き気、動悸、冷や汗、胃のムカつきなど
〈心理的な症状〉
不安、イライラ、焦燥感、恐怖、怒り、落ち込み、ホームシック、動揺など
これらの症状から、パニックや流涙、興奮状態へとつながっていく人もいます。 症状は授乳を始めてから始まり、大体30秒〜5分以内に落ち着く人が多いと言われています。不快性射乳反射は、数回授乳をした後に突然起こる可能性があると言われており第1子から起こる人や、第2子以降で起こる人もいます。この症状が起こる期間は、3ヶ月程度で良くなることが一般的ですが離乳するまで続く人もいると言われています。
どうして不快性射乳反射は起こるの?
まだ研究が進んでおらず、明確な原因はわかっていません。
しかし、母乳が出る際のホルモンに関係しているのではないかと言われています。
母乳の出始めには赤ちゃんや搾乳による乳頭の刺激で射乳反射が起こります。この時、体内では「プロラクチン」というホルモンが上昇し、「ドーパミン」というホルモンが下がります。「ドーパミン」は喜びや気分の向上に関わるホルモンで、これが下がることで不快な症状が起きると考えられています。現在、これが不快性射乳反射の最も有力な原因とされています。
不快性射乳反射を感じる人の悩み
不快性射乳反射を感じる人は、約9%という報告があります。
この統計を見た時、想像よりも多いと感じる方が多いのではないでしょうか。妊娠高血圧症候群と診断される妊婦さんが5-10%と言われていますので、同じくらいの頻度で不快性射乳反射を感じている人がいるということです。不快性射乳反射を感じている人はどのような悩みを抱えているのでしょうか。
授乳へのイメージと自分の感情のギャップ
授乳というもののイメージとして「愛情」「母子の絆」などが思い浮かぶ人は多いと思います。そういったイメージは、授乳の当事者である母親たちも持っている人が多いでしょう。不快性射乳反射を感じている人は、授乳へのイメージと自分の気持ちがかけ離れていることに不安や辛さを抱くことがあります。他の人が普通にできていることができない、と劣等感や育児への困難感を抱くこともあります。
不快性射乳反射への理解が少ない
不快性射乳反射は、2007年から徐々に浸透している症状であることから親世代はもちろん当事者自身も自分が不快性射乳反射に苦しんでいることを自覚していないことがあります。また、比較的新しい症状であることから産科で働く医療者たちも知らないことがあります。このことで、不快性射乳反射に苦しむ人が周りの人に相談をした時に適切な対応や対策が取られないという悪循環が生じる可能性があります。不快性射乳反射の原因は精神的なものではなく、言葉通り「反射」によるものでコントロールできるものではない、ということは当事者だけでなく周囲の家族や医療者も理解する必要があります。
頻回な授乳と終わりの見えない症状
不快性射乳反射が起こる時期として、数回授乳した後から出現すると言われています。その時期は新生児期にあたり、新生児期の1日の授乳回数は8回以上です。1日に2−3時間おきに不快な症状に苦しめられる、そしてその症状がいつ終わるのかわからない、というのは想像を超える辛さだと思います。一般的には産後3ヶ月までに消失する人が多いようですが、3ヶ月以上続く人もいます。妊娠中から産後にかけては、ホルモンバランスの影響で精神的に不安定になりやすい時期です。不快性射乳反射による不快感があると、さらに精神的な負担が増すことは容易に想像できます。
不快性射乳反射の対策
不快性射乳反射は精神的なものではないためコントロールすることはできない、ということは事実です。しかし、対策がないかというとそうではありません。
不快性射乳反射を理解する
なぜ授乳で気持ち悪いのか、自分だけがおかしいのかもしれない、という考えは自分を苦しめる原因になります。まず、自分は不快性射乳反射の当事者であると自分を認めてあげましょう。同じように不快性射乳反射で苦しむ母親は9%もいます。この症状に苦しんでいるのは自分だけじゃないんだ、と安心してください。そして、この症状は生理的な現象です。決して「自分が母親として赤ちゃんへの気持ちが足りていない」「授乳が気持ち悪いなんて赤ちゃんに申し訳ない」と感じる必要はありません。
人工ミルクを選択する
授乳を始めて間もない場合、薬を内服して母乳を止めるという選択肢を取ることもできます。もし母乳分泌のリズムができている場合でも、ミルクのタイミングを増やし混合育児にしたり、段階を踏んで完全ミルクに切り替えていく方法もあります。不快性射乳反射を理由にミルク育児を選択することは、何も悪くありません。
症状が出る時に気を逸らせる行動をする
不快性射乳反射の場合、授乳を始めて30秒〜数分以内に症状が落ち着いてきます。この授乳を始めるタイミングで気持ちがまぎれるような行動をとりましょう。好きな音楽やお茶、香りを味わいながら授乳をしたり、単純に楽しいことを想像する、というのも良い方法です。楽しいことを想像・経験すると、ドーパミンが分泌されることがわかっています。不快性射乳反射の原因としてドーパミンの低下が考えられているので、実は理にかなった対処法です。
まとめ
不快性射乳反射は、授乳をする女性100人のうち9人は感じている症状と言われています。想像よりも多くの人が症状に苦しむ一方で、この症状に関する研究がされるようになったのはここ十数年のことです。母乳育児が主流の日本では、当事者が不快性射乳反射の症状以外の点に悩みを抱えることが多いです。当事者と周囲の人が不快性射乳反射についての正しい理解を持つことが、当事者の症状以外の苦しみを減らすきっかけになるでしょう。「授乳が気持ち悪い」という声は、決して恥ずかしいことや言いづらいことではありません。1人で抱え込まずに、周りの家族や医療関係者、ファミワンに相談してくださいね。