精子提供という選択

男性の約100人にひとり、男性不妊症の方では約10人にひとりの割合でみられるのが無精子症です。
2回の精液検査で精子が確認出来ない場合、無精子症と診断されます。

無精子症とは

無精子症には大きく2種類あります。

  • 精巣で精子が作られているが通り道が詰まっている閉塞性無精子症
  • 精子が上手く作られていない非閉塞性無精子症

無精子症だったときの選択肢

無精子症の場合、外科的手術によって精巣の中から精子を回収することができれば、顕微授精による不妊治療を進めることができます。しかし、手術によって精子を回収できなかった場合、ご夫婦は選択を迫られることになります。

その選択肢は、次の3つです。

  • ふたりで生きる
  • 養子縁組や里親制度で親になる
  • 精子提供で妊娠を目指す

3つの中からどれを選択するかは、ご夫婦の話し合いに任されます。
養子縁組や精子提供について調べて勉強会に参加される方もいれば、無精子症という事実のショックが大きすぎて、ご夫婦で話し合いができなくなる方達もいらっしゃいます。気持ちを整理するために、お2人あるいは個別にカウンセリングを受けるカップルもいます。

精子提供を選択した場合、生まれてきた子どもは母親との血縁関係はあるが、父親と血縁関係がありません。しかし、妊娠すれば胎児の頃から一緒に過ごすことができ、出産を経験できます。また、「妻のお腹の中で育って生まれた子どもなら、自分の子だと感じることができる」という想いから精子提供を選択する方は少なくありません。

医療機関で精子提供を受ける

医療機関で精子提供を受けて行う不妊治療は、AID(非配偶者間人工授精)といいます。
日本産科婦人科学会では、第三者の精子提供による不妊治療は人工授精のみ認められています。顕微授精を含む体外受精は認められていません。

対象となるのは、他の方法で妊娠の可能性がない無精子症で(手術を受けても精子が得られない) 、婚姻しているご夫婦です。

実施可能な施設は、日本産科婦人科学会に登録されている全国12施設です。
治療を開始する前に、ご夫婦にカウンセリングの機会を可能な限り提供することが推奨されています。カウンセリングの方法や内容について具体的な取り決めはなく、施設によって医師・看護師・臨床心理士などの専門家が行います。

精子提供者は匿名の第三者と定められており、提供者の容姿や性格などの情報を得ることはできません。精子提供者はあらかじめ感染症、血液型、精液の検査を行い、2親等以内の家族と本人に遺伝性疾患がないことが条件となっています。

Medical

実際の治療方法は、6か月以上凍結保存した精子を融解して行う人工授精です。凍結した精子を用いるのは、HIVなど感染のリスクを減らすためです。ひとりの提供者から生まれる子どもの数は10名以内にするよう定められています。これは、ひとりの提供者から多くの子どもが生まれた結果、将来的に近親婚が起きるのを防ぐためです。

AIDを行う上で非常に重視されているのが、「子どもの出自を知る権利」を守ることです。
日本では、1940年代後半からAIDが行われてきました。長い間、AIDを受ける夫婦には「生まれてきた子どもにこの事実を伝えないこと」がよしと伝えられてきました。しかし、2000年代前後から、AIDで生まれた事実を親から突然知らされた当事者が声をあげるようになりました。

当事者たちは、自分の出生のルーツを親に隠され続けてきた苦しみを訴えたのです。家族の中に秘密を抱えて過ごすのは、家族の信頼関係そのものを脅かすことになります。そのような経緯から、現在では生まれてきた子どもが幼いころから事実を伝えるよう推奨されています。

事実を伝えることを、「テリング」といいます。
テリングの内容には2つあります。

  • AIDで生まれた事実を伝えること
  • 精子提供者についての情報を伝えること

2020年現在、精子提供者は匿名なので、どんな人物なのか子どもに伝えることはできません。ですが、両親がどのようにしてAIDを選択するに至ったのか伝えることはできます。幼児期からのテリングによって、子どもはAIDで生まれたことを「いろいろある家族のかたちのひとつ」として理解できるようになります。

精子バンクで精子提供を受ける

2020年現在、日本には精子バンクがありませんから、海外の精子バンクを利用することになります。
医療機関で精子提供を受けられるのが婚姻している夫婦に限られているのに対し、精子バンクは未婚カップルやレズビアンカップル、選択的シングルマザーも利用可能です。様々な人種、国籍の人が精子提供者として登録されており、提供者の匿名・非匿名を選択することもできます。提供者の情報は、精液や血液型、感染症の検査結果だけでなく、名前、年齢、職業、性格検査の結果なども開示している精子バンクがあります。費用は利用する精子バンク、提供者の情報が匿名か非匿名かによって変わります。

精子バンクを利用する場合、針のない注射器のようなシリンジという器具を使い、女性が自分で精子を膣の中に注入する「シリンジ法」を用います。日本では人工授精までの治療しか受けられませんが、海外の医療機関で体外受精・顕微授精を受けるカップルもいます。

個人で精子提供を受ける

知人・親族やSNS等で出会った個人から精子提供を受ける場合、様々なリスクがあることを知って慎重に選択する必要があります。

個人間の精子提供は、精子バンクと同様に、未婚カップルやレズビアンカップル、選択的シングルマザーも選択できる方法です。

しかし、医療機関や法人等の審査を介さない方法なので、

  • 性病検査等ではわからない感染症のリスクがある
  • 提供者が開示している個人情報の真偽が不明
  • ひとりの提供者から多くの子どもが生まれていた場合、将来的に近親婚が起きる可能性は否定できない

といったリスクをはらんでいます。

実施方法は、シリンジを使って提供者の精液を膣に注入します。精子提供者の中には、「シリンジ法より性交渉する方が妊娠率が高い」と主張する人もいますが、科学的根拠はありません。凍結していない精子を用いる場合、理論上はシリンジ法でも性交渉でも妊娠率に差はありません。

個人間の精子提供は違法ではありません。しかし、将来的に法律上の問題が起きる可能性があります。
例えば、精子を受ける側・提供する側で互いに「認知を求めない」「養育費を求めない」と約束していたとしても、現在の法律では生まれた子どもが精子提供者に法的な親子関係を求めることができます。逆に、精子提供者が子どもに対して介護や、借金を含む相続を求めることもできます。

納得して選択すること

精子提供は、子どもを授かるための選択肢の一つです。どのような方法で精子提供を受けるとしても、

  • カップルがお互いに納得した上で行うこと
  • 生まれた子どもの出自を知る権利を守ること

が非常に重要です。

無精子症という事実は非常にショックなことですし、すぐに受け入れられることではないでしょう。
日常会話はこれまでと変わりなくできるのに、これからの人生について話すことができなくなってしまうカップルが多くいらっしゃいます。

現実と向き合うことが苦しくなったら、専門家の力を頼ってほしいと思います。

不妊治療を専門に扱う施設には、臨床心理士などのカウンセリングを行っているところがあります。AIDを受ける当事者の自助グループもあり、AIDに関する情報を発信したり、当事者同士が情報交換できる場を設けたりしています。

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