パリオリンピックで話題となった『性別問題』を生殖医療の視点から解説 ~Part.1 XY染色体と性分化~

皆さんこんにちは。胚培養士の川口 優太郎です。

フランス・パリで開催されていたパリオリンピック2024がついに閉幕しましたね。深夜の時間帯にもかかわらず、日本を代表するアスリート達の熱戦に、手に汗握った方も多いかと思います。

私ももれなくその一人ではあるのですが、今回のパリオリンピックをあらためて振り返ってみると、今大会のスローガンである「Games Wide Open(広く開かれた大会)」を体現するように、多様性やレガシー創出の意味をあらためて考えさせられるシーンというのが非常に多かったように感じます。

例えば、誤審や特定の国に有利に働いた疑惑の判定にはじまり、選手村での食事事情や環境の問題、競技ユニフォームの変化、選手個人の宗教に関する問題、あるいは、国家間での紛争によって国を代表しての出場が認められなかった選手がいたことや、SNS上の誹謗中傷といった問題などは、メディアでも連日取り上げられています。

私個人としては、男女混合種目となったセーリングで見事日本がメダルを獲得したことや、アーティスティックスイミングが男女混合種目となったことを知り(男子選手2名までチームメンバーとしてエントリー可能。※今大会では男子選手の出場無し)かなりの衝撃を受けましたが、今回のコラムはその中でも、大会が終わった現在でも議論が続けられている女子ボクシングの『性別』に関する問題について、生殖医療の視点から解説をしていきたいと思います。

パリオリンピックの女子ボクシングについて何が焦点となっているのか?

そもそも、なぜパリオリンピックの女子ボクシングが問題に上げられているのかということですが、2023年に行われた女子ボクシング世界選手権で、出場基準の資格を満たさなかったことにより“失格”の扱いとなった選手について、国際オリンピック委員会(IOC)がオリンピックへの出場を許可したことが発端となっています。

クローズアップされているのは、女子66kg級で金メダルを獲得したアルジェリアのイマネ・ケリフ選手と、57kg級で同じく金メダルを獲得した台湾のリン・ユーティン選手で、この2人の選手はともに、国際ボクシング協会(IBA)の性別適格性検査に不合格だったと言われています。

不合格となった理由には大きく2つあり、

  1. 男性ホルモンの一つであるテストステロンの値が基準値を超えていた
  2. 性別を決定する「性染色体」が男性を示すXY染色体であった

ということが報告されています。

一方で、IBAという組織が今なおウクライナへの侵攻を続けるロシアが運営主体となっている協会ということもあり、世界平和を掲げるIOCと対立する立場にあることから、この問題の背景には、政治的な確執や政争の具として利用されているという見方もあります。

ヒトの性別はどのように決定されるのか?

ヒトの性別は、精子・卵子に由来する「性染色体」によって決定付けられ、胎児期の発育中に性分化が始まることが知られています。

性染色体には、X染色体とY染色体とがあり、女性であれば2つのX染色体『XX』、男性であればX染色体とY染色体『XY』を持ちます。

女性はXXで、X染色体しか持っていないため、卵子はX染色体を1つ持ちます。男性はXYで、X染色体とY染色体を持っているため、精子にはXを1つ持った精子と、Yを1つ持った精子が存在します。

X染色体を持った精子が卵子と受精すれば、その受精卵の性染色体は精子のXと卵子のXでXXとなるため女性になります。そして、Y染色体を持った精子が卵子と受精すればXYで男性となります。

性染色体は、胎児期の性分化に影響を与えるだけでなく、思春期にそれぞれの性別に基づく身体の特徴に分化させることにも働きます。例えば、月経を開始させる、精通が起こるなどです。

少し話は逸れますが、よく「女の子が欲しいので方法を教えてください」といった類いの相談が、患者さんやファミワンのご相談にも方にも寄せられることがありますが、ここはハッキリと認識を改めていただきたいです。

精液の中に、精子は約数千万~数億個存在します。例えば、精液中に1億個の精子があり、X染色体を持った精子とY染色体を持った精子が半分ずつあったとします。

この1億個の精子のうち、卵子と受精出来る精子は1個だけですので、当然ながら、1/100,000,000のうちのどの精子が卵子と受精するのか、あるいはどの精子がXとYどちらの染色体を持っているのかを、知る方法も、コントロールする方法もありません。

ですから、少なくとも自然妊娠の場合では、子どもの性別を選択して妊娠をする方法というのは存在しません。

性別を決定付けるのに重要なSRY遺伝子

胎児期に、身体的な性別の特徴に変化する働きは、ヒトのY染色体に存在する性別決定因子『SRY(Sex-determining Region Y)遺伝子』に依存します。

ヒトの性分化は極めて複雑であるため、わかりやすく簡略化しますが、受精卵から妊娠初期の段階では、胎児には性的に男性・女性両方の特徴があります。もう少し具体的に言うと、このステージでは、将来的に女性生殖器を形成するもととなる“ミューラー管”も、男性生殖器を形成するもととなる“ウォルフ管”もどちらも有している状態です。

妊娠10週くらいから、Y染色体上のSRY遺伝子が活発化し始め、男性ホルモンであるテストステロンが分泌されるようになります。これにより、ウォルフ管が男性生殖器に分化していき、ミューラー管は退化していきます。XX染色体の場合には、Y染色体(SRY遺伝子)を持っていないため、ミューラー管が発達していき女性生殖器が形成されていきます。

また、妊娠20週前後になると今度は脳の性分化がはじまります。この段階でテストステロン値が高いと、脳の中にある性中枢が男性として認識し、出生後に性自認が男性となります。一方で、テストステロン値が低いと脳の性中枢が女性として認識し、女性として自認をするようになります。

産まれた時の“見た目”が戸籍上の性別となってしまう

われわれの性別は、産まれた時の外性器の“見た目”によって判断されることが多いという現状があり、この時に判断された性別が戸籍上やパスポートに記載される性別となっています。

実際に、矢面に立っている2人の選手についても、国際オリンピック委員会(IOC)は、『選手たちは女性として産まれ、女性として育てられ、これまでも常に女性として競技をしてきた』、『パスポートにも女性と記載されている』と主張しています。

しかし、このような言わば“見た目”で性別を判断することによって、誤った判別が行われてしまうということも実際に多くあります。

ヒトの性別・性決定の機構は非常に複雑であり、生物学的な性別と、または脳の性、つまり性自認が一致しないといったケースや、性染色体と身体的な性別(性染色体に依存した表現型となる性別)が一致しないといったケースも数多く存在するわけです。

次回、~Part.2~では、ヒトの性分化・性決定と性分化疾患;DSD、また生殖医療との関わりなどについてもさらに詳しく解説をしていきたいと思います。

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