不妊治療をしていると、自分の胚がどのように取り扱われているのか、不安になることもあるかもしれません。
今回は、胚培養士の業務や培養室ではどのようにミスが起こらないようにしているか、普段は見えない培養室の裏側についてお伝えできればと思います。
はじめに
患者様からお預かりした「卵子」、「精子」から受精をさせ「受精卵」を培養室といわれるところで取り扱うことが胚培養士の主な業務になります。その工程には、
採卵(検卵)、精子調整精子凍結・融解、顕微授精、媒精(卵子に精子をふりかける)、受精卵の移動、胚移植、胚凍結・融解、廃棄 |
などたくさんあります。
施設によって確認の方法には多少の違いはありますが、どの施設においても取り違いによる事故が絶対に起こらないよう様々な工夫を凝らして未然に防ぐ努力をしています。
中には、胚培養士がおひとりでやられているところもあるようですが、そういったところは医師や看護師、その他スタッフと連携をとって作業を行っています。
ダブルチェック
1日に一人で複数の患者様の卵子、精子、受精卵を取り扱うことは珍しいことではなく、繊細で集中力を大変要するため、間違いが起こらないように必ず2名で確認作業を行っています。
しかしながら、単にダブルチェックをしたからといっても人間がやることなので完璧ではなく、やはりミスは起こってしまいます。
ですので、私たち胚培養士はミスや事故が決して起こらないように様々な工夫を行っています。
ミスが起こらないための工夫
ダブルチェックの仕方
ダブルチェックでは「指さし」と「声出し」が最も大事なテクニックだと思います。
単純なやり方かもしれませんが、チェックの方法としては一番効果的です。
チェックの項目を増やす
チェックの内容は名前だけでなく、カルテ番号や生年月日、培養室独自で振り分けた凍結番号・採卵周期番号、患者様ごとの個々で色分けなどを利用して、カルテや培養の記録をしている作業用ワークシートや台帳などと2重にも3重にも照合させその中の一つでも不一致があるとすぐに気づけるようなシステムづくりをしています。
また、ダブルチェックを行う前に作業者が複数の項目を照合することでより安全が高いものになります。
作業は同時には行わない、置かない
配偶子(卵子や精子)あるいは受精卵の取り扱いの作業をするとき、一度に作業台に置くのは必ず一患者様のみとし、作業工程が終了後にはそれらの操作に用いた機材などはすべて廃棄してしまい消毒を行い完全にフラットな状態にしてから別の作業を行うようにしています。
ヒヤリハット報告とマニュアルづくり
「ヒヤリハット」とは、事故が起こる一歩手前で思いもよらない出来事に「ヒヤリ」とすること、事故が起こる寸前に気づき「ハッと」することをいいます。
事故を未然に防ぐ方法の一つとしていろんな企業でも採用されていると思いますが、培養室でもこの「ヒヤリハット報告とマニュアル改訂」を行っています。
事例を経験した当事者は、報告し情報をスタッフ全員で共有していきます。さらに、これを繰り返していくことで、より事故が起こりにくいマニュアル作りを目指しています。
インキュベーターの進化
受精卵を培養する機器(培養器)のことをインキュベーターと呼びます。
ひと昔までは、研究用として使用されていたため大型のインキュベーターが一般的であり、一つにたくさん入れていました。
最近では、一つ一つを個別で分けて入れられ培養できるようになっています。また、インキュベーターから出して顕微鏡で観察しなくてもカメラ内蔵されているものが普及されつつあるため、受精卵を外に出すなどのリスクが大幅に減っています。
照合システムの導入
最近では、バーコードやICチップを培養デバイス(容器)に張り付けてパソコンやタブレットを利用したシステムづくりを行っているところもあるようです。
しかし、そういったシステムにも少なからず欠点があるようで、患者様の情報入力ミスやラベルの張り間違い、容器への入れ間違いなど根本的な人為的ミスがあるとも言い切れず最終的な確認はスタッフが責任をもって行わなければなりません。
また、初期導入コストやランニングコストが掛かるなどの問題点もあり、あまり普及していないのが現状です。
意識を上げる工夫
一般に培養室は閉鎖された空間にありブラックボックス化されたようになっていて、普段は作業しているところは見ることができません。
そんな中、培養室を見学することのできる「見える化」を行っている不妊施設もあります。
「見える化」の効果は、患者様が自身の胚培養に関心を持ってもらえるようなサービスとしてだけでなく、患者様との関係性がより近くなり胚培養士の意識の向上が期待できます。
他にも、各工程の作業者・確認者の名前を記録、顕微鏡下の作業様子を写真や動画として記録・保存、胚培養士による患者様への説明など、これらも意識を上げるための一つではないかと思います。
おわりに
どの工程においても事故は決して許されるものではなく、一つのミスや取違いよって起こる損害は計り知れません。
そんななか作業者、確認者ともに責任を持ち、患者様の小さな赤ちゃんを培養室でお預かりしているそんな気持ちで日々業務にあたっています。