【生殖看護認定看護師が語る】不妊治療で耳にする「Th1/Th2」ってなに? ~繰り返す着床不全と、子宮が受精卵を拒んでしまう免疫の正体~

体外受精において、見た目には良好とされる受精卵を戻しているのに、なかなか妊娠に至らない…。あるいは、せっかく着床しても流産を繰り返してしまう。こうした壁に突き当たったとき、一つの鍵として注目されているのが、目に見えない免疫因子の問題、特に「Th1/Th2比」です。
最近では、動画サイトやSNSでご自身の治療体験を語る方々が増えたこともあり、この検査について相談を受ける機会が増えています。
今回は、着床不全の考え方と、この「Th1/Th2比」について、専門的な視点から詳しく解説します。

反復着床不全の原因は一つではありません

良好な胚を複数回(一般的には3回以上、年齢や状況によっては2回以上)移植しても臨床的な妊娠が成立しない状態を反復着床不全といいます。
「なぜ着床しないのか?」という問いに対し、私たちは大きく分けて2つの視点から考えます。

● 受精卵側の要因: 受精卵の染色体の数や構造の変化など。
● 母体(子宮)側の要因: 子宮側には、以下のような様々な要因が複雑に絡み合っています。
  ⇒物理的・環境的要因: 慢性子宮内膜炎、着床の窓のずれ、子宮内細菌叢(フローラ)の異常、子宮筋腫や子宮腺筋症、子宮奇形など。
  ⇒準備(ホルモン)の要因: 黄体機能不全などにより、子宮内膜が受精卵を受け入れる状態(子宮内膜脱落膜化)へ十分に変化できない状態。

さらに最近の研究では、これらに加えて、目に見えない「免疫因子」による仕組みの異常が、
受精卵が子宮に受け入れられるプロセスに深く関わっていることが分かってきました。

物理的な「準備」と、免疫の「受け入れ」

着床を成功させるには、子宮と受精卵が足並みを揃える二つの大切なステップが必要になります。

一つ目は、物理的な準備です。
排卵後の黄体ホルモンの働きによって、子宮内膜は受精卵が潜り込みやすい状態に変化します。これを子宮内膜脱落膜化と呼びます。ここが不十分だと、受精卵はうまく内膜に入り込むことができず、着床不全や不育症の一因となります。

二つ目は、今回のテーマである免疫による受け入れです。
内膜の準備が万全であっても、いざ受精卵がやってきたときに、子宮側の免疫システムが「これは異物だ!」と判断してしまうと、着床は成立しません。半分がパートナーの遺伝子でできている受精卵を、排除せずに迎え入れる力のことを胚受容能と呼びます。

この「拒絶」か「受け入れ」かの司令塔となっているのが、ヘルパーT細胞と呼ばれるTh1/Th2なのです。

免疫の司令塔「Th1/Th2」のバランスが鍵

私たちの体内には、自分を守るための免疫という自衛隊のような仕組みがあります。

Th1(1型ヘルパーT細胞): ウイルスなどの異物を攻撃・排除する攻撃型の部隊。

Th2(2型ヘルパーT細胞): 過剰な攻撃を抑え、見守る守り型の部隊。

もともと、不妊治療の原因の中には免疫性不妊というものがあります。
有名なのは抗精子抗体で、女性の体が精子を異物とみなして攻撃し、受精を妨げてしまうものです。
そして近年、着床の場面においても同様のことが起きていると分かってきました。受精卵の半分は男性(他人)でできています。
本来なら、着床の瞬間Th2(守り)が優位になり、受精卵を拒まずに受け入れる仕組み(免疫的寛容)が起こらなければなりません。しかし、Th1(攻撃)が過剰になりすぎると、子宮は受精卵を攻撃し、排除しようとしてしまいます。これが、Th1/Th2バランスの乱れによる着床不全の正体です。

検査と治療:何ができるのか

採血でこのTh1とTh2の比率(Th1/Th2比)を調べます。
比率が高い(=Th1が過剰で攻撃的すぎる)場合、以下の対策が検討されます。

• タクロリムス(免疫抑制剤)の服用: Th1細胞の働きを抑えることでTh1/Th2のバランスを整え、受精卵に対する拒絶反応を回避し、受け入れ態勢(免疫的寛容)を誘導する働きが期待されています。通常、胚移植の2日前頃から服用を開始します。

• ビタミンDの摂取: ビタミンDには、免疫拒絶に関わるTh1細胞やNK(ナチュラルキラー)細胞の働きを抑制し、Th2(守り)を助ける環境を整える働きがあると言われています。 実は、日本人の不妊女性のうち80%以上が、貯蔵型ビタミンD(25OHビタミンD)の濃度が30ng/ml未満の不足状態であるというデータがあります。反復着床不全の方に限らず、すべての患者さんにとって着床率向上のためにサプリメント等で適切にビタミンDを補うことは非常に重要です。

【重要】保険診療で治療中の方が直面する「制度」の壁

さて、ここが最も大切なお話です。
現在、多くの方が保険診療で移植を受けておられますが、免疫の治療には医療制度上のハードルがあります。

制度上の位置づけ

以前、このTh1/Th2比の検査やタクロリムスを用いた治療は、有効性を確認するための先進医療Bという枠組みで一部の大学病院等にて実施されていました。しかし、現在は研究期間が終了しています。
そのため現在は、この検査や治療は原則として全額自己負担の自費診療としての扱いになります。

移植周期における「混合診療」の制限

日本の制度では、保険診療と自費診療を組み合わせる混合診療が原則として禁止されています。 そのため、保険診療で行う移植周期において、自費診療であるタクロリムスを処方したり、内服したりすることは制度上できません。 もし併用する場合、その周期の全ての費用(エコー検査、ホルモン検査、胚解凍費用、移植費用などすべて)が保険適用外(10割負担)となってしまいます。

保険診療中の方の具体的な選択肢

• サプリメント(ビタミンD)で対応する: サプリメントは薬ではないため、保険診療と併用しても混合診療になりません。Th1やNK細胞の過剰な働きを抑えるため、まずは検査結果に基づいて高用量のビタミンDによる環境調整を図るのが、現在の保険診療における主流です。

• あえて自費周期にする: タクロリムスの使用を優先するために、その移植周期をあえて全額自費で行う選択肢です。ただし、一度自費診療で移植を行うと、その後の治療で再び保険診療へ戻れない場合があります。 慎重な判断が必要です。

看護師からあなたへ伝えたいこと

「自分の免疫が受精卵を攻撃している」という言葉は、患者さんにとって非常に重く、ショックな言葉かもしれません。しかし、「私の体が受精卵を拒んでいるの?」と悲しむ必要はありません。

Th1が高いということは、それだけあなたの体が自分を守る力をしっかり持っているということです。これまであなたを健康に保ってきた素晴らしい力が、妊娠という特別な場面で、ほんの少しだけ敏感に反応してしまっているだけなのです。
その少し強すぎる守りの力をどう整え、受精卵を受け入れやすい環境をどう作っていくかを考えていく必要があります。

保険制度の制約がある中で、何を選択するのが最善か。お金のこと、身体のこと、それから心のこと。
正解は一つではありません。あなたが納得して、一歩前へ進める方法を一緒に探していきましょう。

参考文献:
・ARTと着床免疫 着床不全症例に対するタクロリムス療法:
 中川 浩次, 杉山 力一, 山口 晃史、日本IVF学会誌(1881-9028)26巻2号 Page33-39(2023.10)
・改訂第二版 不妊症・不育症治療:
 黒田恵司,竹田省,田中温 メジカルビュー社 2022年8月10日発行
・厚生労働省 先進医療を実施している医療機関の一覧:
 https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/sensiniryo/kikan02.html(2026年1月21日現在) 

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