皆さま、こんにちは。不妊治療に取り組まれている方から、よくこんな切実な声を耳にします。
「移植する前に、その卵がちゃんと育つ力があるかどうか、あらかじめ調べることはできないんでしょうか?」
「流産を経験するのが怖くて、移植に進む勇気が持てません。確実な卵だけを戻したいんです」
そんな皆さまの願いに応える一つの選択肢が、PGT-A(着床前胚染色体異数性検査)です。
この検査は、2025年9月、日本産科婦人科学会の指針改定により、これまでよりもずっと検討しやすい身近な選択肢へと変わりました。
今回は、改定によって何が変わったのか、そして検査を検討する上で必ず知っておいていただきたい「可能性と限界」について、認定看護師の視点から詳しくお伝えします。
尚、PGT-Aがどんな検査かについては以前コラムでご紹介していますので、こちらもご参照ください。
2025年9月の指針改定:何が変わった?
これまでの日本のPGT-Aは、いわば「厳しい条件をクリアした人だけが受けられる特別な検査」でした。しかし、今回の改定によってその対象が大きく広がりました。
以前のルール(2025年8月まで)
以前は、「つらい経験を何度も経た後でないと受けられない」という高いハードルがありました。
- ● 反復胚移植不成功: 良質な胚を2回以上戻しても妊娠に至らない。
- ● 反復流産(習慣流産): 過去に2回以上の流産を経験している。
このように、移植を行い、うまくいかなかった場合に初めて検討するという、いわば後手の対応が基本でした。
2025年9月からの新しいルール
今回の改定では、上記の条件に加えて以下の対象が追加されました。
- ● 女性が高年齢の不妊症夫婦(目安として35歳以上)
これにより、過去の移植回数や流産経験に関わらず、年齢的な背景から胚の染色体異常のリスクを考慮し、最初からPGT-Aを選択肢に入れることが可能になりました。つらい経験を繰り返す前に、あらかじめリスクを抑える準備ができるようになったことは、非常に大きな変化です。
なぜ「35歳」が境界線なのか:最新データが示すこと
「良い検査なら、年齢に関係なくみんな受けられるようにすればいいのに」と思われるかもしれません。しかし、今回の改定で35歳以上という目安が設けられた背景には、世界中から集まった科学的な根拠があります。
学会の通知によると、PGT-Aの有益性は女性の年齢によって大きく左右されることが示されています。
- ● 35歳以上の層: 加齢に伴い胚の染色体異常の割合が増えるため、検査で正倍数性(正常な数)の胚を選んで移植するメリット(流産の回避や、妊娠・出産までの期間短縮)が非常に高まります。
- ● 35歳未満などの年齢層が低い場合: もともと胚の染色体異常が少ないため、検査を行っても出生率はあまり期待できません。
このメリットがデメリットを上回る境界線が35歳程度であるとされているため、年齢による対象拡大が決定されました。
なぜこれまで「特別な検査」として制限されていたのか
学会がこれまで対象を限定し、慎重に運用してきたのには、患者さまと胚(受精卵)を守るための医学的・倫理的な理由がありました。
① 生命倫理への配慮
受精卵は命の芽です。その染色体を調べて「移植する・しない」を判断することは、社会的に見れば命の選別に繋がりかねないという懸念があります。 学会は、本検査を特定の疾患を排除したり、児の性質をスクリーニング(選別)したりする目的で用いることは断じて容認していません。あくまで不妊症の治療効率を上げ、流産を防ぐための医療行為として適切に運用されるよう、倫理的な観点から厳格なルールを設けてきたのです。
② 胚へのダメージ(侵襲性)のリスク
検査には、胚盤胞から一部の細胞を採取する生検(バイオプシー)という操作が必要です。技術が進歩したとはいえ、細胞を削ることが将来の赤ちゃんの健康にどのような影響を与えるか、長期的な安全性を慎重に見極める必要がありました。
PGT-Aのメリットと、慎重に検討すべき留意点
指針が緩和された今だからこそ、改めてこの検査の「強み」と「弱点」を整理しましょう。
メリット:効率的な治療の実現
- 流産率の有意な低下: 染色体異常に起因する流産を事前に回避できる可能性が高まります。
- 1回あたりの移植妊娠率の向上: 育つ可能性が高い胚を優先して移植するため、何度も不成功の移植を繰り返す時間と負担を節約できます(妊娠・出産までの期間:Time to Pregnancyの短縮)。
留意点:検査が抱える限界
- 胚への物理的な負担: 細胞採取によるダメージをゼロにすることはできません。高度な技術を用いても、稀に検査が原因で胚の成長が止まるリスクがあります。
- 「移植できる胚がない」という結果: すべての胚に異常が見つかれば、移植そのものがキャンセルになります。移植という「希望」にさえ進めない精神的な辛さに直面することがあります。
「流産」を防ぐための検査であり、「可能性」を上乗せする治療ではありません
最も丁寧にお伝えしたいポイントは、PGT-Aは流産のリスクを最小限にするための有効な手段ですが、あなたが最終的に抱っこできる赤ちゃんの総数を増やす技術ではないということです。
PGT-Aは胚の染色体状態を「診断」するものであり、異常がある胚の質を改善して正常な状態にする「治療」ではありません。
- 検査をしない場合: 得られた胚を順番に移植します。その中には、着床しない胚や、残念ながら流産となってしまう胚も含まれます。
- 検査をする場合: 移植前に出産に至る可能性が高い胚をあらかじめ選定します。
PGT-Aの価値は「成功率を底上げすること」ではなく、「流産を可能な限り回避し、最短ルートを目指すこと」にあるのです。
費用と受診上の注意:経済的負担と混合診療
現時点において、PGT-Aは保険適用外の自費診療です。
費用の目安
多くのクリニックでは、基本料金(約3万円前後)に解析費用(胚1個につき8万円前後)を合わせ、胚1個あたり11万円前後で行っています。 例えば、3個の胚を検査に出す場合、合計で30万円〜35万円程度の費用が必要となります。
混合診療への留意
日本の医療ルールでは、自費診療であるPGT-Aを組み込む場合、それに関連する一連の治療(採卵、培養、移植など)もすべて自費診療(10割負担)となってしまうことが一般的です。保険適用の治療と自費の検査を混ぜる混合診療は原則認められていないため、治療総額は非常に高額になります。ご自身のライフプランや予算に合わせた慎重な判断が必要です。
納得のいく選択のために
指針改定により、35歳以上であれば最初からPGT-Aを選べるようになりました。しかし、これは推奨ではなく、あくまで選択肢の提示です。
PGT-Aは流産のリスクを減らすための非常に優れた技術ですが、あなたが持っている卵の可能性を増やすものではありません。最終的に出産につながるかどうかは、その胚が持つ本来の生命力に委ねられていることに変わりはないです。
不妊治療において、何が一番つらいかは人それぞれです。「もう流産を経験したくない」「最短距離で行きたい」と願う方にとって、PGT-Aは心強い味方になるでしょう。一方で、「一つひとつの卵の可能性を信じたい、ダメージは与えたくない」と考えることも、尊い決断です。
私たちは、皆さまが最新の情報を知った上で、お二人にとって後悔のない道を選び取れるよう、いつでも傍でサポートいたします。
迷ったときは、どうぞ遠慮なくご相談ください。
【参考文献・引用】
- 日本産科婦人科学会:「着床前胚染色体異数性検査(PGT-A)の運用の細則」の改定についてhttps://www.jsog.or.jp/activity/pgt-a/PGT-A_saisokukaitei20250909.pdf(2026年1月27日現在)
- 日本産科婦人科学会:「着床前診断に関する見解」
- 公益社団法人 日本産科婦人科学会:PGT-A特別臨床研究報告









