つわりは「よくあること」でも、つらさは人それぞれ
妊娠すると、多くの方が経験する症状としてつわりというものがあります。吐き気や食欲の低下、においへの敏感さなどが代表的ですが、その出方や強さにはかなり個人差があります。軽い違和感程度で過ぎる方もいれば、1日中船酔いのような状態が続いてしまい、食事や水分を取ること自体がつらくなる方もいます。周囲からは「そのうち終わるから」と言われることも多い症状ですが、実際にその期間を過ごしている本人にとっては、先が見えないつらさとして感じられることも少なくありません。
つわりは生理的な変化のひとつとされながらも、生活への影響は想像以上に大きい症状だと感じます。
重症化すると「妊娠悪阻」という状態になることも
つわりが強くなり、食事や水分がほとんど取れなくなると、「妊娠悪阻」と呼ばれる状態になることがあります。体重が減っていく、脱水が進む、日常生活が送れないといった状態に至ると、点滴や入院による治療が必要になることもあります。単なる「気持ち悪さ」とは異なり、医療的な対応が必要になるケースもあるという点は、あまり知られていないかもしれません。つわりは軽い症状として語られがちですが、実際には個人差が大きく、時に身体的にも強い負担となる症状です。
産科病棟で見てきた現実
私は以前、産科病棟で薬剤師として勤務していました。その中で、つわり症状が強くなり入院される妊婦さんを何人も見てきました。赤ちゃんが来てくれたことは本来とても喜ばしい出来事であるにもかかわらず、体調がついてこずに起き上がることも難しい状態になってしまう方もいました。
点滴を受けながら少しずつ言葉を交わす中で、「嬉しい気持ちはあるのに、体が全く動かない」というギャップに苦しんでいる様子が印象に残っています。当時は、もう少し早い段階で楽になる方法や選択肢があれば本人の負担も違うのではないかと感じることが多くありました。
母として感じたつわりの現実
私自身も1児の母なのですが、妊娠中につわりを経験しました。症状としては強い方ではなかったと思いますが、それでも常に船酔いのような感覚が続く状態は、日常生活に確実に影響していました。仕事中も集中しづらく、においによって急に気分が悪くなることもありました。家では食事の時間を調整したり、食べられるものを分けたりしながら過ごしていました。軽い症状であっても、積み重なると生活全体に負担が出てくることを実感した時期でもあります。
日本の現状と「つわり専用薬がない」という事実
現在の日本では、いわゆるつわりに対して、専用の治療薬として承認された薬はありません。吐き気に対して使用される薬はいくつかありますが、あくまで症状を和らげるための対症療法という位置づけになります。そのため、基本的には食事の工夫や休息、環境調整などを行いながら、症状が落ち着くのを待つという対応が中心になります。「我慢するしかない」と感じてしまいやすい背景には、こうした医療環境も影響していると感じます。
海外で使われているBonjestaと日本での動き
海外では、「Bonjesta(ボンジェスタ)」という薬がつわりに対する治療薬として使用されています。有効成分はドキシラミンコハク酸塩とピリドキシン塩酸塩(ビタミンB6)の配合剤で、妊娠時の悪心・嘔吐に対して使用されている薬のひとつです。この薬は複数の国で承認されており、海外の診療ガイドラインにおいても治療選択肢のひとつとして扱われています。一方で、日本では現時点では未承認であり、使用できる状況にはありません。ただし、2025年12月15日、持田製薬がカナダのDuchesnay社と日本国内での開発および販売に関する契約を締結したことが発表されており、今後の承認に向けた動きが進められています。現時点では研究・開発段階であり、すぐに使用できる薬ではありませんが、日本におけるつわり治療の選択肢が広がる可能性を持つ薬剤のひとつといえます。
これからの医療に期待したいこと
つわりは時間とともに落ち着いていく症状ではありますが、その期間をどう過ごすかは人によって大きく異なります。我慢することが前提ではなく、必要なときに相談できること、そして選択肢があることが重要だと感じます。薬という選択肢が増えることは、そのひとつの支えになり得ますし、過ごしやすさにつながる可能性もあります。妊娠期の医療が少しずつでも選択肢の幅を広げていくことを期待しています。
おわりに
妊娠は喜ばしい出来事である一方で、体調の変化によって想像以上のつらさを感じることもあります。つらいと感じること自体は特別なことではなく、むしろ自然な反応です。その気持ちを一人で抱え込むのではなく、必要なときに相談できる環境や選択肢があることが大切だと思います。つわりに対する治療の選択肢が少しずつでも広がることで、妊娠期を過ごす方の負担が少しでも軽くなっていくことを願っています。
参考文献:
・持田製薬株式会社 妊娠時の悪心・嘔吐治療剤「Bonjesta」の日本国内における開発および販売に関する契約締結のお知らせ
https://ssl4.eir-parts.net/doc/4534/tdnet/2731156/00.pdf
・産婦人科診療ガイドライン 産科編2026








