
妊娠を望む時期、食事や生活リズムを見直すのと同時に、気になるのが「今使っている薬は妊活に影響しないのか?」という問題です。薄毛治療、いわゆるAGA(男性型脱毛症)もその一つ。最近では女性にも「びまん性脱毛症」や「FAGA(女性型AGA)」といった症状が増えており、育毛・発毛治療は男女共通のテーマになりつつあります。
一見すると関係がなさそうな“薄毛治療”と“妊活”ですが、実際にはホルモンや生殖機能に関わる薬が多く、影響を受ける可能性も否定できません。ここでは、妊活中の男女にとって知っておきたいAGA治療の注意点や、代替手段についてご紹介します。
男性のAGA治療薬が妊活に与える影響
男性の薄毛治療でよく使われるのが、フィナステリド(プロペシア)やデュタステリド(ザガーロ)といった薬剤です。これらは男性ホルモンの一種「DHT(ジヒドロテストステロン)」の生成を抑えることで、薄毛の進行を防ぎます。
これらの薬剤については、妊活中の男性の使用を禁じる明確な規定はありませんが、造精機能や性機能に影響が出る可能性があります。
また、精液中に微量の薬剤が含まれることも報告されており、リスクは極めて低いとされてはいるものの、不安を感じるカップルも多いのが現実です。もし、妊娠の可能性を最大限に高めたいと考えるのであれば、2〜3か月ほどの休薬期間を取る(精子は約74日で入れ替わる)という選択肢もあります。
またフィナステリドやデュタステリドに代わる選択肢として、ミノキシジルの外用薬が挙げられます。こちらは頭皮の血流を促進して毛包を刺激し、発毛を助ける薬です。ホルモンに影響を与えないため、妊活中の男性にとって比較的安心な選択肢といえます。
ただし、ミノキシジルにはAGAの進行を抑える効果は弱く、主に発毛促進に効果があることに注意が必要です。
なお、ミノキシジルの飲み薬については、日本国内でも一部の医療機関で使用される例がありますが、男女ともに推奨される治療法ではありません。
日本皮膚科学会の「男性型および女性型脱毛症診療ガイドライン2017年版」では、『ミノキシジルの内服療法は利益と危険性が十分に検証されていないため、男性型脱毛症・女性型脱毛症ともに行わないよう強く勧められる』と明記されています。
ミノキシジルの飲み薬はもともと降圧剤として開発された薬剤であり、日本ではまだ医薬品として認可されていません。全身の多毛症といった副作用があることから、個人輸入で使用される例も見られますが、胸痛・心拍数の増加・動悸・息切れ・呼吸困難・むくみ・体重増加など、重大な心血管系障害が生じる可能性があります。
こうした背景から医薬品医療機器等法の観点でも問題視されており、安全性が確立されていないことから、ミノキシジルの内服は男女ともに避けるべき治療法とされています。
女性特有の脱毛症
女性に見られる薄毛にはいくつかの種類がありますが、特に代表的なのが「びまん性脱毛症」と「FAGA(女性型男性型脱毛症)」です。
びまん性脱毛症は、女性の脱毛症の中で最も発症頻度が高く、若い世代でも発症する可能性があります。髪が細くなり髪全体のボリュームがゆるやかに減っていくのが特徴で、分け目が目立つようになったり、全体的に密度が減ったように見えることがあります。
一方、FAGAは40代後半以降、特に閉経に向かう時期の女性に多く見られ、女性ホルモンが著しく減少することが引き金となります。相対的に男性ホルモンの影響が強まり、前頭部や頭頂部を中心に薄毛が広がる進行性の脱毛症です。
女性の抜け毛に対する治療薬と妊活中の注意点
女性の薄毛治療では、以下のような薬剤が用いられています。
パントガール
主成分はケラチンやアミノ酸で、頭皮環境の改善と育毛サポートにおだやかに働きかけます。妊活中の使用による大きな影響は少ないと考えられていますが、多くのクリニックでは安全性を重視し、使用を控えることが一般的です。
スピロノラクトン
抗男性ホルモン作用があり、FAGAの進行を抑える働きがあります。妊娠している人は服用できないため、妊活中の女性には慎重な対応が求められます。
ミノキシジル外用
血管拡張作用によって発毛を促します。日本では女性用1%、男性用5%と濃度が異なるため、自己判断での使用は避け、医師の指導のもとで使うことが大切です。なお、ミノキシジルの妊娠中の使用に関する安全性は確立されていないため、妊娠の可能性がある場合には慎重な判断が求められます。
薬以外の育毛対策
薬による治療に不安がある場合、妊活中は薬を使わない薄毛対策にシフトすることも有効です。例えば以下のような方法があります。
- 【有酸素運動】血流改善・ホルモンバランスの調整に効果的
- 【バランスの取れた食生活】鉄分、亜鉛、たんぱく質の摂取を意識
- 【禁煙】喫煙は血流を悪化させ、髪の成長にも悪影響
- 【天然由来成分の育毛剤】安全性に配慮したものを医師に相談して選ぶ
- 【ウィッグの使用】一時的に気になる部分をカバーし、精神的負担を減らす
また、ネットで手軽に買える育毛剤の中には、成分や安全性が不明なものも多く含まれています。特に妊活中はわずかな成分が体や妊娠に与える影響も慎重に考える必要があります。ネット通販の育毛剤には、妊娠や生殖機能への安全性が確認されていない成分が含まれていることもあり、自己判断での使用はリスクを伴います。そのため、使用を検討する際は自己判断に頼らず、専門家に相談することが安心です。
まとめ
「妊活を始めたいけど、薄毛治療はどうすれば?」という疑問に対し、決して「どちらかをあきらめる」必要はありません。正しい知識を持ち優先順位を整理した上で、医師や薬剤師と相談しながら進めていけば、妊活と薄毛治療は十分に両立できます。
薬を使うべきか、休薬すべきか――迷ったときは一人で抱え込まず、パートナーや専門家と話し合いながら、納得できる選択をしていくことが大切です。
参考文献:日本皮膚科学会 男性型および女性型脱毛症診療ガイドラインAGA_GL2017.pdf