皆さんこんにちは。ファミワン胚培養士の川口 優太郎です。
前回のコラム≪前編≫では、男性(父親側)の飲酒が妊活・妊娠に与える影響についてのいくつかの論文をご紹介してきました。
今回はその続きで≪中編≫になります。
男性が、パートナーが妊娠する前から習慣的に飲酒をしていた場合に、胎児の発育に影響を与える可能性については新たな知見が次々と出てきてはいることは確かではあるのですが、実際のところは、いずれの研究においても男性の飲酒が『直接的』な相関関係を示しているかを断定するという段階には至っていません。
ではなぜ、いまだ男性側の飲酒と胎児への影響に関する直接的な因果関係を示す科学的なコンセンサスを得るに至らないかというと、大前提として、男性側の知見が得られるようになったのがここ数年であり、生殖医療領域では比較的新しい視点でまだまだ研究報告の数が少ないということはもちろんなのですが、学術研究の基本的な考え方において直接的な因果関係を証明することが極めて難しいという問題があります。
因果関係を証明することの難しさ
例えば、前回ご紹介した論文の中では、男性(父親側)の年齢や喫煙の有無といった個人のバックグラウンド(交絡因子)をある程度統一して、お互いが干渉しないようにコントロールしたデータが発表されています。
しかしながら、ヒトを対象とした場合に本来考慮されるべき交絡因子には、年齢や生活習慣、食習慣、運動習慣、睡眠習慣のほか、個人の職業、育った環境、家族歴(遺伝)、ストレス値、過去の病歴、服薬、精神疾患の有無など極めて多岐にわたるため、すべての潜在的な要因を完全に統一化して、飲酒以外の因子の影響を完全に排除するということは非常に困難となるわけです。
そのため、世界中の多くの医師や研究者は、たとえ飲酒が子どもに悪影響を与える可能性があることを知っていても、科学的なコンセンサスが得られない限りは、習慣的に飲酒をしていた人が完全に飲酒をやめる可能性はかなり低いだろうという半ばあきらめに近い見解を示している現状があります。
では、交絡因子を統一化するにはどうしたらよいのでしょうか?
いくつか方法はありますが、その答えの一つに“モデル”となる動物を人為的に作成し、実験を行うという方法が挙げられます。
マウスを使った研究で背景を統一化
例えば、2023年11月に報告された新たな研究では、マウスを用いた実験により、男性(父親側)がパートナーが妊娠する前からアルコールを摂取していた場合に胎児の発育に影響を与える可能性が示されています。
米国臨床医学研究学会が発行する学術誌The Journal of Clinical Investigation (JCI)に報告された本研究は、胎児性アルコール症候群あるいは胎児性アルコールスペクトラム障害(FAS ; The Fetal Alcohol Syndrome、FASD ; Fetal Alcohol Spectrum Disorders)に関連するアルコールに起因する身体的異常をマウスにマッピングすることで、先述した交絡因子を人為的に統一することを可能にしたわけです。
それぞれのマウスを、➀妊娠中に雌(母親)だけにアルコールを与えたグループ。➁妊娠する前から雄(父親)だけにアルコールを与えたグループ。➂両親ともにアルコールを与えたグループ。に分けて、その子どもの特徴を比較検討しました。
➀の妊娠中にマウスの雌(母親)だけにアルコールを摂取させたグループでは、子どもに予想された通りのFASD特有の生理学的症状が示されました。また、➂の両親ともにアルコールを摂取させたグループでは、FASDの子どもに見られる頭蓋顔面異常の発現パターンのほか、全体的な個体の成長におけるいくつかの生理学的機能が悪化したことを示しました。
さらに驚くべきことに、顎、歯の形成(間隔)、目の大きさ、目の間隔といった異常は、➀のグループよりも、➁または➂の、雄(父親)にアルコールを摂取させたグループの方が顕著に表れたと報告しています。
アルコールは子どもが成長してからも影響を与える
さらに、この研究チームは、2024年7月にアメリカのオープンアクセスジャーナルAging and Diseaseに追加研究の論文を発表し、男性(父親側)のアルコール摂取が子どもに与える影響をより強調させました。
この研究の焦点は大きく2つあり、1つ目は両親ともにアルコールに曝露されたマウスから産まれた子どもは、成体に成長してから脳の細胞と肝臓の細胞に大幅な老化が進んでいる兆候が見られたというもので、これは、細胞内でエネルギーを生成する小さな細胞小器官が、正常に機能しなくなったときに起こるミトコンドリア機能不全であると考察されており、親のアルコール摂取が生理機能に影響を与えた可能性があるとしています。
興味深いことに、アルコールに曝露されたマウスが、雌(母親)のみでも雄(父親)のみでも同様の結果が得られたこと、両親ともに曝露されたグループで最も顕著であったことを報告しています。
2つ目は、雄(父親)のアルコール摂取量に応じて、子どものマウスの顔の形成が顕著に変化することを報告しています。これは、アルコールの摂取と、FASDの子どもに見られる特有の顔面形成との相関性が高いことを示しています。
本研究の著者でTexas A&M Universityの発生生理学者M.C.ゴールディング博士は、論文の中で「本研究は、男性の飲酒が子どもにとって良いか悪いかを決定付けるものでは無く、飲酒する量(アルコールに曝露された“量”や“期間”)が多いほど子どもに対する影響が大きくなるという段階的な考察の一部である」とまとめています。
子どもの将来を考えた妊活を!
2020年に、韓国の延世大学と梨花女子大学の共同研究チームがScientific Reportsに発表した論文の中で、FAS/FASDと診断された子どもは、 そうでない人よりも病気の罹患率が顕著に高く、平均寿命が一般健常者の約4~5割程度であることを報告しています。
FAS/FASDの子どもは、親のいずれかまたは両親がアルコール依存症であるケースが多くあり、子どもが発育した環境的因子も考慮される必要があると付け加えられていますが、妊娠前・妊娠中のアルコールの摂取は、胎児の発育だけでなく産まれた後、成長して大人になってからも影響を与える可能性が高いと考えられています。
特に、これから妊活をされるという方、現在妊活中という方は、是非、子どもの将来のことを考えてアルコールの摂取について注意をするようにしてみてください。
[参考文献]
- Kara N. Thomas et al, The Journal of Clinical Investigation, 2023;133(11):e167624.
https://www.jci.org/articles/view/167624/pdf - Alison Basel et al, Aging and Disease, 10.14336/AD.2024.0722
https://www.aginganddisease.org/EN/10.14336/AD.2024.0722 - Sarah Soyeon Oh et al, Scientific Reports volume 10, Article number: 19512 (2020)
https://www.nature.com/articles/s41598-020-76406-6.pdf