男性が妊活中にアルコールを飲んではならない切実な理由 ≪後編≫~子どもの健康をサポートするのは誰でしょうか?~

皆さんこんにちは。胚培養士の川口 優太郎です。

男性が妊活中にアルコールを飲んではならない切実な理由≪前編≫≪中編≫に引き続き、最終章となる今回も、男性(父親側)の飲酒が妊活・妊娠に与える影響についての最新の研究論文から新しい知見をご紹介していきたいと思います。

妊活・妊娠は、決して女性だけの問題では無いということ、そして、将来の子どもの健康を守るのは誰なのか?を考えながら是非読み進めていただけたらと思います。

公衆衛生キャンペーンに取り組むべき時が来ている

男性(父親側)の飲酒習慣が、胎児の発育、子どもの発育に影響を与える可能性については、少しずつエビデンスが確立されてきてはいるものの、やはり妊活・妊娠における女性(母親側)のアルコールの影響について焦点を当てた研究や「妊娠中の女性は飲酒を控えましょう!」といった公衆衛生キャンペーンの方が圧倒的に多い現状があります。

オーストラリア・シドニー大学の、胎児性アルコール症候群/胎児性アルコールスペクトラム障害(FAS/FASD)研究の権威でもあるE.エリオット教授は、2023年にNature Reviewsに投稿した著書の中で、「女性の血液中のアルコールは胎盤を通して胎児に直接的に送られるので、妊娠中の女性のアルコール摂取は、胎児の発育に非常に大きな影響がある」とする一方で、「男性側の飲酒が及ぼす影響も無視することはできない」と述べています。

エリオット教授は、妊活・妊娠中のアルコールの摂取に関する男性側の影響については、いまだ進行中の研究も多いものの、公衆衛生キャンペーンでこの問題を取り上げていく時期が来ているとの考えを示しています。

これは一概に、男性(父親側)のアルコールの摂取が胎児に害を及ぼす可能性のみを考慮したのではなく、妊娠中の女性が飲酒をしてしまう意思決定要因の1つが、妊娠中の男性パートナーの飲酒の有無に相関関係があるということも報告しています。エリオット教授は、「男性が飲酒を控えることは、夫婦どちらにとってもメリットがある」と著書をまとめています。

飲酒が遺伝子の変異を引き起こすという説も

神経発達学の権威で、カリフォルニア大学のK.ハフマン教授は、アルコールに曝露された両親から産まれた子どもへの影響として、遺伝子制御・変異についても言及しています。

ハフマン教授が、2020年にアルコール依存症の国際生物医学研究協会が発行する学術誌Alcoholism: Clinical and Experimental Researchに報告した論文では、健康なマウスの子どもと、アルコールに曝露されたマウスの子どもの大脳新皮質 (高次機能に関与する脳の部分) を比較すると、一次体性感覚皮質 (※脳の一部。マウスの場合ではヒゲからの情報を受けて伝達される領域)に明瞭に異なる変化があったことを明らかにしています。

また、(1)雄(父親)だけがアルコールに曝露された場合、(2)雌(母親)だけがアルコールにさらされた場合においても、脳の構造の変化は大きく異なっており、子どもの行動制御や運動能力についても(1)・(2)でまったく異なっていたとしています。特に、(1)雄がアルコールに曝露された子どもの場合、運動テストにおいてバランスビーム(※平均台のような実験器具)から転んだり踏み外したりしやすく、行動開始動作を躊躇うことが多く、運動テストをクリアする方法を学ぶまでに顕著に時間がかかったと報告しています。

ハフマン教授は、論文の中で「実験個体(アルコールに曝露されたマウスから産まれた子ども)の学習軌道は明らかに遅くなっており、これは学習能力の遅延と、多動傾向、感覚運動統合、ADHDなどの問題に関係していることが考えられる」としています。

では、なぜこのようなことが起こるのか。ハフマン教授は考察として、エピジェネティクスと呼ばれる遺伝子制御・変異のメカニズムを挙げています。

ここからは少し難しい説明になりますが、エピジェネティクスとは、ある特定の刺激によってDNA配列に物理的な変化を与えることなく、ゲノムの一部が「オン」または「オフ」に切り替えられ、切り替えられた部位がDNAメチル化などのプロセスを通じて、読み取られるDNAの能力が“変更”されるプロセスのことを指します。

ハフマン教授は、男性がアルコールを摂取することによって、精子の正常なDNAメチル化が阻害され、結果として、受精した胚・胎児における遺伝子の発現が変異する可能性が高いとしています。

精子の『質』と関係が深いDNA断片化

男性(父親側)のアルコール摂取によるエピジェネティクスな影響についての視点は、極めて新しい研究分野ではあるものの、他の生活習慣、例えば「喫煙習慣(たばこ)」が精子の遺伝物質を断片化させることはすでに多くの研究から明らかになっています。

イギリスの研究チームが2012年にEpigenetics; Open access journalに発表した論文では、喫煙が精子におけるmiRNAと呼ばれる遺伝物質の断片化比率を増加させること報告しており、男性(父親側)に喫煙習慣がある場合に、先天性欠損症(口唇口蓋裂、二分脊椎症、四肢・歯・臓器などの欠損)、白血病、心臓疾患、肥満症などの発症率を顕著に増加させるといったデータを示しています。

つまり、このような「喫煙習慣(たばこ)」で見られる子どもへの影響が、「飲酒習慣(アルコール)」においても同じことが起こり得るというわけです。

将来、子どもの健康をサポートするのは誰か?

私がこれまで接してきた患者様でも、性別を問わず、普段から飲酒をされているという方はかなり多くいらっしゃいます。

このような飲酒の習慣について、「妊活・妊娠には絶対に良く無いですよ」「お酒は控えてくださいね」とお伝えすると、よく返ってくる答えが『じゃぁ、どれくらいなら大丈夫ですか?』というものです。

正直なところ、そういったデータはありません。

なぜならば、アルコールの代謝については遺伝的な要因や個人差が大きいためです。

運動習慣やバランスの良い健康的な食事など、普段から妊活・妊娠においてポジティブに働く習慣がある場合には、少々の飲酒であればおそらく問題は無いでしょう。

しかしながら、自分の子どもの将来を考えた時に、果たして「どれくらいなら大丈夫か?」といった認識のままで本当に良いでしょうか?

もしも、たった一滴のアルコールによって将来あなたの子どもの健康が害されたとしたら‥‥。

妊活・妊娠はやはり女性に非常に大きな負担がかかります。しかしながら、飲酒・喫煙・食事・運動といった男性(父親側)の生活習慣も、健康な胎児の発育、将来の子どもの発達においては非常に重要であることが、今回ご紹介したような数多くの学術研究より明らかになってきています。

将来の子ども健康をサポートし、成長を見守るのは一体誰の責任でしょうか。

是非、妊活には“ご夫婦で一緒に”取り組んでいただけたらと思います。

[参考文献]

  1. Elizabeth J. Elliott et al, Nature Reviews Disease Primers volume 9, Article number: 11 (2023)
    https://www.nature.com/articles/s41572-023-00420-x.pdf
  2. Kelly J Huffman et al, Alcoholism: Clinical and Experimental Research, 2020 Jan;44(1):125-140.
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31746471/
  3. Emma L. Marczylo et al, Epigenetics Volume 7, 2012
    https://www.tandfonline.com/doi/pdf/10.4161/epi.19794
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