世界初の体外受精児誕生に貢献した一人の女性の物語【前章】

皆さんこんにちは。ファミワン胚培養士の川口 優太郎です。
今回は、体外受精の歴史において、偉大な貢献をしたにも関わらず時代の陰に埋もれてしまった“ある女性”のお話しです。
『体外受精』と聞くと、最先端の技術を使った科学的な医療を想像される方もいらっしゃるかもしれませんが、実は世界で初めて体外受精による子どもが誕生したのは、約50年近くも前であることを知っている方は意外と少ないのではないでしょうか?
本コラムでは、世界初の体外受精児と、その成功を成し遂げた医師と生物学者。そして、その2人を支えたある女性にスポットを当てて、【前章】【後章】にわたって解説をしていきたいと思います。

世界で初めて体外受精による子どもが誕生

1978年7月25日 午後23時47分、イギリス北部のオールダム総合病院である女の子が誕生します。彼女の名前はルイーズ・ブラウン(Louise Brown)。体外受精(IVF)によって産まれた世界で初めての子どもです。
当時の体外受精は、女性の卵巣から卵子を取り出して、培養シャーレの中で精子と受精させてから数日間受精卵を培養・発育させ、子宮に移植するという技術(IVF-ET)で行われました。
実はこの治療プロセスは、現代の不妊治療・体外受精においてもほとんど同様の形で行われています。
ルイーズの誕生により体外受精の先駆者となった、産婦人科医のパトリック・ステップトー(Patrick Steptoe)とケンブリッジ大学の生物学者ロバート・エドワーズ博士(Robert Edwards)は、1971年から体外受精技術の臨床応用実験をスタートしましたが、なかなか思うような結果が得られず、1978年にルイーズが誕生するまでに数百症例にのぼる患者・卵子を取り扱ってきたことが記録されています。

超極秘に行われた出産

のちに「夜の23:00、真っ暗な病院の廊下を懐中電灯の明かりだけを頼りに、帝王切開のため手術室に向かった」とパトリック・ステップトー医師が語ったように、ルイーズの誕生は超極秘で行われていました。

ルイーズの母であるレズリーは、表向きは一般の妊婦とまったく同じように扱われており、オールダム総合病院のスタッフですらレズリーの存在を知っていたのは数名のみでした。

産後、父であるジョンが病院を訪れた時には警察と警備員による厳戒態勢が敷かれ、常に監視下に置かれるという前例の無い措置が取られていました。

もともとルイーズの両親は、マスコミに身元を知られメディアに書き立てられることを望んではいませんでしたが、翌日には大々的に『試験管ベビー(Test-tube baby)誕生』の文字が多くの新聞の一面を飾り、各界から賞賛の声が相次ぎました。

自然妊娠で産まれた子どもと何一つ変わらない

もともと、母レズリーは子宮外妊娠による卵管因子の不妊症が認められており、9年間以上子どもを授かろうと努めていましたがついに自然妊娠は叶いませんでした。

1977年11月に母レズリーの採卵が行われ、体外受精によって卵子と精子を受精させた後、2日間受精卵を培養して、その日の午後に胚移植が行われました。

エドワーズ博士が「当時ではかなり実験的だった」と語るように、ルイーズの誕生は、生殖医学領域において史上最も重大な科学的躍進であったことから、ルイーズがレズリーの子供であるという確かな証拠と記録を残すため、イギリス政府・生殖医学会・病院・大学研究機関との合意の下で出産の様子を撮影しなければなりませんでした。

のちにルイーズは、4歳の頃にこの時の映像記録を両親から見せられて自身の出生の事情を知り「なぜマスコミが自分に興味を示してくるのかをこの時に理解した」と語っています。

また産後には、母レズリーがルイーズを抱くまでの間、約100種類近いさまざまな検査が行われ、産まれたばかりの児とその母親に異常が無いか詳しく調べられました。

結果として、大きな異常は一切認められず、一般的に産まれた子どもと何一つ変わらない正常で健康な子どもであることが医学的に証明されました。

2人の子どもを自然妊娠で出産

実はルイーズには、ナタリー・ブラウン(Natalie Brown)という妹がおり、ナタリーも体外受精によって誕生した子どもです。ナタリーは、1999年に自然妊娠によって子どもを妊娠・出産し、世界で初めて妊娠・出産した『試験管ベビー』となりました。

またルイーズも、2006年と2013年に自然妊娠によって2人の子どもを出産しています。

2018年5月20日、ルイーズは日本に招待され六本木ヒルズで講演を行いました。その時のインタビューで『自分は体外受精によって産まれたが、一般の人たちの何ら変わりの無い至極普通の人間であり、体外受精への偏見を失くし、理解を深めるために、自分や自分の家族を是非見て欲しい』として、積極的にメディアに出るようにしていると語っています。

次回、〖世界初の体外受精児誕生に貢献した一人の女性の物語【後章】〗では、ルイーズ誕生のプロジェクトに偉大な貢献をした一人の女性を深掘りし、時代の陰に埋もれてしまった彼女の半生を解説していきたいと思います。

[参考]

  1. Bristol Archives https://www.bristolmuseums.org.uk/bristol-archives/
  2. reddit/historyofmedicine https://www.reddit.com/r/historyofmedicine/
  3. THE LANCET , Birth after the reimplantation of a human embryo: P C Steptoe, R G Edwards, https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/79723/
  4. 「新しい産科学 生殖医療から周産期医療まで」鈴森薫、吉村泰典、堤治(名古屋大学出版会)
  5. 「生殖補助医療(ART) 胚培養の理論と実際」 日本卵子学会(近代出版)
企業担当者の方へ

ファミワンでは法人向けサービスとして、女性活躍推進を軸としたダイバーシティ経営を支援する法人向けプログラム『福利厚生サポート』を提供しています。従業員のヘルスリテラシー向上や、組織風土の変容に役立つのみならず、利用促進の広報資料の作成までカバーしており、ご担当者様の負荷の削減にもつながります。