体外受精では、採卵した卵子を精子と体外で「受精」させ、その後、子宮内に胚(受精卵)を戻す「移植」をすることになります。ここで問題になってくるのが、胚が移植するまできちんと育つのか、ということ。人によっては、胚になる前の受精がうまくいかなかったり、受精しても途中で成長が止まってしまうことも。
一般的に多くの場合、胚はグレード分けされ、グレードの良いものを移植していくことになります。
そこで今回は、桜十字渋谷バースクリニック培養室長の楠本さんに、卵のグレードや、精子のことなどについて、詳しくお伺いしました。
胚のグレード何が基準になっている?
ーー 胚盤胞や初期胚では「グレード」が付けられることが一般的ですが、胚のグレードは、何を基準に決めていて、どんな胚が良い、悪い、とされているのでしょうか。
楠本さん:胚の評価は形態評価と言って、見た目からグレードをつけています。移植あたりの妊娠率を高めるために、形態から良好胚を選ぶ研究は古くから行われています。そして胚の形態評価と妊娠率には関係があり、グレードの良い綺麗な胚は、妊娠する可能性が高いことが分かっています。
胚の評価方法として、初期胚ではビーク分類、胚盤胞ではガードナー分類が用いられるのが一般的です。
ビーク分類では採卵後2~3日目の胚の、フラグメントと呼ばれる余分な細胞片の割合と、割球の均等性を基準にしてグレードを付けています。フラグメントが少なくて、割球が均等な胚には良いグレードが付きます。
胚盤胞になると細胞は役割を持つようになり、2種類の細胞群(赤ちゃんに育つ内部細胞塊と、胎盤に育つ栄養外胚葉)に分かれます。ガードナー分類ではこれら2種類の細胞群をそれぞれ評価して、細胞の数や存在が密かどうかで三段階に分類します。細胞数が多くて密な胚には良いグレードが付きます。
形態が良くてグレードの良い胚は、悪い胚に比べて染色体異常の割合が少ないと言われているので、それが妊娠率の差に繋がっているのではないかと考えられます。
胚の分割が止まってしまう。それはなぜ?
ーー 患者様の中には胚分割が途中で止まってしまうケースもあると思います。この場合、どのようなことが原因として考えられるのでしょうか。
楠本さん:体外受精での胚の分割停止は、母体の年齢とともに卵子の質が低下するため、年齢の高い女性に多く見られます。成長が止まってしまう胚の70〜90%程に染色体異常があるという報告があり、染色体異常が主要な原因と言えます。年齢の高い女性の卵子が受精したときには、染色体異常の胚である割合が高くなりますが、このような場合に自然の防御機構として胚の成長が止ることが考えられます。
ーー 採卵の時点で良い卵子が選別されていたと思っていたのに、さらに受精卵になってしても選別されていくような、感覚ですね。
楠本さん:そうですね。回収された卵子から、成熟、受精、そして胚の成長段階を経るにつれて、徐々に数が減っていきます。全ての卵子が赤ちゃんに育つものではないので、これは普通のことです。
胚が育たない原因は卵子の老化だけじゃない。
ーー 胚がうまく育たないというのは卵子の老化だけが問題なのでしょうか。
楠本さん:4~8細胞以降に胚自身のゲノムが活性化され始めます。このゲノムの活性化の失敗も、分割停止の原因として考えられます。
ーー 年齢が高い方の場合、卵子の老化も意識する必要があると思います。卵子の質を高めることはできないと言われていますが、卵子の質を下げないようにするために出来る事はありますか?
楠本さん:やせすぎ、太りすぎ、太っていない女性の過度な運動、タバコ、お酒の飲みすぎは良くないと言われています。良質な睡眠をとり、ストレスを減らすことは、ホルモンのバランスを整えて卵子の質に影響を与えるという報告があります。また、水分をしっかりとること、ウォーキングやヨガなどの軽い運動をすることは、卵巣に十分な血流を確保するのに重要であると言われています。
ーー 一方で、胚の分割には精子の質も関与されていると言われていますが、何日目あたりで胚の分割にも影響がありますか。
楠本さん:精子の頭部にはDNAがあり、この精子のDNAが損傷して断片化している場合があります。その割合が高いと、胚の成長が途中で止まってしまう原因になる可能性があります。3〜5日目に起こる胚の成長停止は、精子のDNAの断片化が影響している可能性もあります。
ーー 顕微授精では、元気な精子を受精させると思いますが、精子も質のいい精子を見極める何か基準があるのでしょうか。どのような精子が受精に適していると考え、受精させているのでしょうか。
楠本さん:形態的に問題のない正常形態精子と言われるものや、運動速度が速い精子は受精能を有しDNAにも問題が無い割合が高いと言われています。当院ではIMSI(イムジー)と呼ばれる、高倍率で精子を拡大観察して形態を詳細に見ることのできる設備を導入して、良好な精子を選びやすい状態にして顕微授精をしています。
ーー 精子の質を上げるにはどうしたらいいですか。どうしたら元気な精子を増やせるでしょうか。
楠本さん:精子DNAの損傷は、喫煙して大量のアルコールを摂取する肥満の男性で高くなる傾向があります。テストステロンの減少や、活性酸素の増加による酸化ストレスの影響が原因だと考えられていますので、抗酸化物質を取ることや、より健康的な生活習慣を取り入れることで、DNAの断片化を減らすことができます。
具体的には、ノートパソコンを膝上で操作することや、座りすぎを防ぐなどで、ストレスの元となる陰嚢の温度の上昇や、陰嚢の圧迫を防ぎます。他にも、動物性の脂肪を取り過ぎないようにする、適度な運動を行う、しっかり睡眠を取ってホルモン分泌されるようにする、栄養の偏りをなくす、規則正しく過ごす、という対策を取ることが大切です。
培養液と受精卵の相性がある可能性も?
ーー 培養液はいくつか種類があるのでしょうか。また、培養液と胚との相性などはありますか。
楠本さん:培養液はメーカーから様々なものが製造販売されていて、組成のシンプルなものもあれば、成長因子を入れているような他の培養液にはない特徴を持たせたものもあります。使用する培養液によって培養成績は異なりますが、同じ製品であっても製造日が違うだけで胚の成長具合が異なる場合もあります。培養成績は培養液によって大きく異なりますが、どの培養液が一番良いのかはわかっていません。
相性という概念が存在するかは分かりませんが、培養液が胚に与える影響に関しては分かっていないことが多いので、当院では全ての患者様に2種類の培養液を使う事にしています。培養コストが余分にかかることになりますが、それがデメリットの回避にも繋がると考えているからです。
受精卵について患者様に説明することは、新しい家族についてお伝えすること。
ーー 患者様と直接会うことはあまりないと思いますが、胚の説明などは培養士が直接されるのでしょうか。
楠本さん:当院では医師の説明の補足として、採卵後の卵子と精子の状態説明や、移植前の胚の説明を培養士が行っています。毎日卵子、精子や胚を直接見ているのは培養士ですので、より細かな説明が可能だと考えています。
患者様からすれば、どんな人が自分たちの大切な卵子、精子や胚を取り扱っているのかを知る機会になると思いますし、理解や納得した上で治療を進めるお手伝いをすることが目的です。ただそれだけではなく、培養士にとっても、患者様とお会いする事は仕事の上で重要な意味を持つと思います。
培養士の仕事は、そのほとんどの時間を顕微鏡下で卵子、精子や胚を扱うことで過ぎていきます。患者様と対面することで、日々の仕事の先には患者様がいること、妊娠・出産したらその患者様には新しい家族ができ、人生を大きく変えるきっかけになることを実感できるのです。この意識があることで、さらに頑張って仕事に励もうという気持ちになりますね。
胚のグレードは、胚の成長段階によって用いる基準が異なっているとのこと。また、受精卵の分割が途中で止まってしまうケースは、卵子の老化のせいだけではなく、精子も関係する可能性も。卵巣機能の改善や、精子の質の改善は、生活習慣の見直しで出来る事もありそうです。