大規模な災害が発生した時、受精卵・卵子・精子は如何にして守られるのか?

このたびは、2024年1月1日に発生した石川県能登地方を震源とする令和6年能登半島地震により、お亡くなりになられた方々に謹んでお悔やみ申し上げますとともに、現在も避難生活を余儀なくされている多くの皆さまに心からお見舞い申し上げます。

また、被災者の救済と被災地の復興支援のために尽力されている方々、そして医療関係者の皆様に深く敬意を表します。

当ファミワンにおきましても、被災された方々を少しでも支援させていただくため、メンタルヘルス、健康に関するオンライン相談を実施しております。(詳しくはHPをご確認ください。

被災地では、相次ぐ余震と寒さの中、不安が募る状況が続いておられますが、皆さまのご安全と一日も早い復興をお祈りしております。

まだ記憶にも新しい2011年3月11日に発生した東日本大震災の際、不妊治療、特に体外受精を受けられている患者様から様々なご不安の声をいただきました。

その中でも、特に、

  • 『病院に保管(凍結保存)している受精卵は大丈夫なのか?』
  • 『いま培養中の胚には影響が無いのか?』
  • 『停電があったが、培養する機械が止まってしまったのではないか?』

といったお問い合わせが非常に多くございました。

ニュース、メディア等でも今回発生した災害を目の当たりにし、実際の被災の有無に関わらず、改めてこれらの事項に関してご不安に感じておられる患者様が多いのではないかと思います。

本コラムでは、大規模な災害が発生した時に、皆様からお預かりしている胚(受精卵)、卵子、精子などの検体が、如何にして守られるのか?についてお伝えさせていただけたらと思います。

これから妊活・治療を考えられているという方々でも、是非、安心材料の一つとしてお読みいただけましたら幸いです。

大きな災害が起こった時、治療中(培養している)の胚はどうするのか?

一般的な生殖補助医療におけるマニュアルとして、どの医療機関でも、大規模な災害が発生して胚(受精卵)の培養の継続が困難であると判断された場合には、培養中の胚は発育のステージや培養の経過日数に関係無く、すべての胚に対して凍結保存が実施されます。

凍結をすることで胚の成長を人為的に一時ストップし、治療の再開ができる目途が立ち環境が整った時に、凍結保存した胚を融解し培養を再開して胚を成長させる、あるいは、融解をしてお腹の中に戻していく凍結融解胚移植という手法を取ります。

凍結保存技術の確立

胚や卵子の凍結は、体外受精治療においては通常の治療の中で一般的に行われていますので、特筆するような奇抜な技術では無く、胚や卵子に負荷を与えるような技術でもありません。

治療の中で胚を凍結するメリットとしては、胚移植の時期を選択できることにあります。少し具体的に言えば、採卵をした周期に新鮮胚の状態でそのまま移植を行うよりも、一度胚を凍結保存して、身体の状態を妊娠に備えるようしっかりと整えてから最適なタイミングで移植を行うことで、着床率が顕著に向上することが数多くの研究論文から明らかとなっています。

不妊治療がそれほど盛んではなかった1990年代には、残念ながら現在のような凍結保存技術は確立されておらず、凍結してから融解した後の細胞の生存率は約7割程度でした。しかしながら、2001年に日本の技術者である桑山 正成博士によって『急速ガラス化凍結法(CryoTop法・CryoTech法)』が確立され、融解後の細胞の生存率は9割以上にまで向上しました。現在では、急速ガラス化凍結法はオーストラリアを除く全世界の80%以上の生殖医療施設に普及しています。

ガラス化法によって凍結された細胞は、専用の凍結保管タンクの中で管理され、-196℃の液体窒素で保管されます。一度凍結保存された胚や卵子などの細胞は-130℃~-196℃、またはこれに近い環境が維持される限り、凍結保管タンク内で『半永久的』にある程度良好な状態で保存・維持をすることが可能とされています。

凍結保管タンクの性能

凍結保管タンクにはいくつかの種類がありますが、強度に優れている軽量アルミニウム製を材質とした凍結保管タンクが多くの施設で最も頻繁に使用されています。

凍結保管タンクは、-200℃以下の超低温下に長期間耐えうる内槽と、外部からの衝撃に耐えうる外槽の二重構造になっており、内槽と外槽の間にある空間には液体窒素の蒸発を最小限にするための、特殊高真空断熱が施してあります。

タンクのサイズには大小さまざまありますが、一般的にクリニックで使用されているものでは満タンの状態で約45~50ℓ程度の液体窒素を充填することが可能であり、頻繁にタンクの蓋を開け閉めしたり、極度にタンクを揺らしたりということが無ければ、約1ヶ月~2ヶ月程度は液体窒素がタンク内に残存する仕組みになっています。

通常、クリニックでの運用としては、毎週(※使用頻度が多い場合は週に2回程度)各タンクに液体窒素を継ぎ足し、常に凍結保管タンク内の液体窒素が満タンに近い一定の状態を作り出しています。

凍結保管タンクの管理方法

凍結保管タンクそのものの管理方法もクリニック毎に異なります。耐震対策として、金属性のチェーンでタンクと壁や床を固定する。タンク同士を固定する。専用の箱型の棚の中に入れ外からカギをする。タンクの外周にクッションのような緩衝材を巻く。などの対策があります。

私が勤務しているクリニックでは、凍結保管タンクを底にローラーのキャスターが付いた低い台の上に載せた状態のまま、無理に壁や床などに固定せずに、大きい地震などが来た時に「あえて揺れに適応させる(力を逃がす)」ことで耐震対策を取っています。

簡単なイメージとしては、街の中華料理屋さんの出前用バイクに“おかもち(出前用の箱)”が付いているのを見たことがあるかと思いますが、これと非常に近い原理です。地震などの大きな振動に対して、ローラーのキャスターを振り子のように自由に揺動させることで物理的な力を緩衝させます。

このように、各クリニックごとで様々な対策を取り、患者様からお預かりした大切な胚・卵子・精子などの検体を長い期間に渡って安全に保管・保存出来るような環境を整えています。

停電対策

大規模災害に伴う停電時の対策として、生殖医療のクリニックに限らず、多くの医療機関には『非常用バックアップ電源(蓄電池)』が備えられています。蓄電池には、超大型の電池のように電気を貯めておくシンプルなタイプや、軽油などの燃料を利用するディーゼル発電タイプ、ガスを使うガスパワータイプなどいくつかの種類があります。ディーゼル発電やガスパワータイプの方が発電力や蓄電量が多く、工場を始めとした産業用設備の動力源としても使用されています。大型の総合病院などでは、これらのタイプを導入しているところもあります。

一方で、大規模な災害が起こった場合では、軽油やガスといった燃料を確保することが難しいことも多くあるため、都市部ではシンプルなタイプの蓄電池を備えている施設が多いです。

ただし、シンプルなタイプといっても、極めて大容量の電気を貯めておくことが可能であり、最も多くの施設で使われている機種で言えば、例えば、一般的に電子レンジで使用する500W程度であれば約16~20時間連続で使用し続けることも可能です。通常の業務で使用するように、こまめにスイッチのオンオフを行えば、1日~3日程度は使用が可能であるとされているため、災害発生から少なくとも24時間以内には培養しているすべての胚の凍結を実施し、培養を一時ストップして胚を保管出来る体制を整えています。

ちなみに、私が勤めているクリニックでも非常用バックアップ電源を備えています。製品名は『非常用バックアップ電源 –安心・あんしん–』です。

本コラムでは、大規模な災害が発生した時に、如何にして胚・卵子・精子が守られるのかについてお伝えをさせていただきました。

先述した以外にも、実に様々な災害対策を行いながら、万が一に備えた運用を行っています。しかし、どれだけ技術が確立されても、また機械が発達しても、やはり皆様の大切な検体をお守りするのは医師、看護師、胚培養士などの医療スタッフだと考えます。我々は、24時間365日、患者様の大切な検体を管理するための専門の教育を受け、高い倫理観と医療を提供する使命を持っています。

これからも–安心・あんしん–して妊活・治療に臨んでいただけましたら幸いです。

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