受精卵(胚)とヒトの境界線はどこにあるのか?≪前編≫~細胞がヒトになるフェーズを考えてみる~

皆さんこんにちは。胚培養士の川口です。

いつも「内容(書き方)が専門的過ぎて難しい」と言われがち(・・)な私のコラムなのですが、今回は、生殖医療分野における生命倫理と法律の解釈に関するお話しです。

たった数行で、すでに難しそうな内容だなぁ‥‥と聞こえてきそうですが、実は今年(2024年)の2月に、アメリカのアラバマ州最高裁判所で、生殖医療業界にとっては非常に衝撃的な“ある判決”が下されました。

今回のコラムでは、その衝撃的な判決について、世界各国の見解などをご紹介しながらなるべく分かりやすく解説をしていきますので、興味を持ったという方は是非読み進めてみてください。

世界各国で「受精卵・胚」の定義、法の解釈が異なる

現在、世界中でAIやIoTなど新しいテクノロジーが、日々、様々な分野で出現していますが、一方で、これらの技術革新に伴った法律の整備がなかなか進んでいないという現状があります。

例に漏れず、生殖医療業界でも同様の問題を抱えており、新しい技術や知見が次々と生まれていく一方で、1978年にR.エドワーズとP.ステップトーによって世界で初めて体外受精による児が誕生してから50年近くが経過した現在でも、人為的に生命を創り出す医療の在り方、定義とその取り扱い、法の解釈については継続して議論が行われています。
特に、生殖医療分野で議論がなされているのが、いつからヒトの『生命』や『人格』が始まるのか?『ヒト』や『胎児』は何を以て定義するのか?といった、道徳や生命倫理上の問題、あるいは法の解釈です。

さて、ここで皆さんに質問です。

受精卵(胚)は、卵子と精子という2つの生殖細胞が融合した細胞(接合子;せつごうし)です。受精卵の中には、卵子・精子それぞれの核DNA、つまり両親の遺伝子情報が引き継がれており、将来的にヒトになる細胞です。受精卵は、細胞でありながら、すでに生命を持っていると解釈することも出来ます。

では、どこからヒトと定義されるのでしょうか?何を以て生命なのでしょうか?

考えてみたことはありますか?

受精卵はヒトですか?胎児はヒトですか?卵子や精子もヒトを造るための細胞ですよね?

実は、これらの解釈は世界各国で定義が異なり、また、様々な形で変化をし続けています。

2023年に、世界で最も有名な科学学術誌の一つであるCell誌に、生殖医療(受精卵・胚を取り扱う研究)の倫理についての論文が掲載されましたが、その論文の中で、オーストリア、米国、英国、オランダ、スペインの各国の法律学者が、受精卵・胚と生命・人格に関する法的定義についての“提案”をしています。
この論文中で、各国の法律学者の提案に共通していることは、「胚は、胎児の機能と子宮の機能を果たす要素によって成り立ち、それらが組み合わさって胎児を形成する可能性を持つヒト細胞のグループ」と定義していることです。
どういうことかと言うと、分かりやすく言えば、「『胚』というものが人間として存在しているのではなく、『胚』は人間を生み出す可能性を持つ“細胞”である」と定義付けしているということです。

上記各国の中で、スペインは他と若干異なる解釈があり、胚は生命を形成する“過程”であり、生命を形成するための、細胞の発育ステップの“段階の一つ”であると定義しています。

さらに細かく見ていくと、世界各国で見解は少しずつ異なり、それぞれの宗教的な立場・視点なども加わってキリが無いのですが、いずれの法律学者も基本的には[胚=細胞]という解釈を持っています。

米・アラバマ州の最高裁判所で、「胚」が「人格」を決定するという判決が下る

しかしながら、法律学者によるこの[胚=細胞]という基本的な解釈を、大きく覆す判決が2024年2月に下されます。

事の発端は、2023年にアメリカ・アラバマ州のMobile Infirmary Medical Centerで、体外受精治療で凍結保管されていた一部の胚が、誤って廃棄されてしまうという医療ミスが起きました。

この件に対して、事実婚カップルを含む複数のご夫婦が、誤って廃棄された胚は「細胞を誤って廃棄した」のではなく「生命を死亡させた」として、Mobile Infirmary Medical Center対して『不法死亡訴訟』を集団で起こしたのです。

まさに、今回のコラムの主題である、受精卵(胚)とヒトの境界線はどこにあるのか?「細胞」・「胎児」・「ヒト」は何を以て定義するのか?という裁判です。

そして、この裁判でアラバマ州最高裁判所は、『アラバマ州の未成年者不法死亡法の下では、子宮外に保管されている“胎児”を含む胎児は同様に児である』との判決を下しました。
つまりは、子宮外(※医療施設などに)に保管されている胚は、細胞では無く、胎児であると結論付けたのです。

ここで特に注目したいのが、『胚』という言葉は使わず、『胎児』と表現されている点。 当初は、細胞を誤って廃棄したという医療ミスであり、不法死亡訴訟には当たらないとして下級裁判所により訴訟が棄却されていたのですが、今回の最高裁判所の判決によって、不法死亡訴訟として審議が続けられることが決定されました。

個々の持つ背景によって見解が大きく異なる

この訴訟ならびに判決は、「ヒト」あるいは「児」の定義について、生殖医療を専門とする医療従事者と不妊症の患者に対して、将来的に法律的な影響を与える可能性があるとして、現在、世界中で様々な議論を巻き起こしています。

医学的な見解は、あくまでも先述した通り法律学者の見解に基づいて『胚はヒトとして存在・構成されるものではなく、ヒトを生み出す可能性のある細胞である』という立場にあります。

アメリカ産科婦人科学会の広報担当部は、「議会の議員数が増えることは、政治・宗教・哲学・道徳・芸術など様々なバックグラウンドを持つ人材が議会に増えることになり、政治の世界では各人の歴史的・社会的立場に制約された、平等な考え方が必要となる」と前置きをしながらも、「この訴訟の結果は、非科学的な生命の定義に基づいた政策を推進する可能性があり、将来的に全米の不妊治療へのアクセスに影響を与えるだろう」と声明を出しています。

実はこれまでにも、『胚』とは何か?『生命』と『人格』の始まりは?という定義や法律の解釈に関する裁判は、長い歴史の中で、世界中で幾度となく行われています。

しかしながら、今回のような「凍結保存された胚が“胎児”と同等である」とするアラバマ州最高裁判所の判決は、一切の前例がありません。

現在、この判決によって、医学的な視点だけでなく、法律や、宗教、哲学など様々な分野から科学的なコンセンサスが求められるという大きな事態へと発展しており、実際にアラバマ州の一部の不妊治療機関では治療を一時的に停止している施設も出てきているようです。

次回、≪後編≫では、この判決を受けてアラバマ州でどのような変化があったのか、様々な分野の知見や有識者の見解をご紹介していきたいと思います。 今回のコラムを読んで、皆さんも是非一度、『生命』とは何を指し、どこから始まるのか?を考えてみてください。

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