はじめに
皆さんこんにちは。胚培養士の川口 優太郎です。
Netflix、Amazon Prime、Huluなどなど中毒性のあるコンテンツが溢れかえっている現代ですが、古い映画(とくに70~80年代の洋画)が好きな私も例に漏れずどっぷりとハマっており、本当に時間がぜんぜん足りないなぁ‥‥と思う今日この頃です。
そんないわゆる“New Hollywood”が好きな私が今回取り上げるのは、「高齢男性の妊活における妊娠と児へのリスク」についてです。
この「まくら」と本コラムにどんな関係があるのか?というと、私が大好きな時代の映画『タクシードライバー』や『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』などで有名な俳優のロバート・デ・ニーロ、それから映画『ゴッドファーザー』シリーズで有名な俳優のアル・パチーノ、なんと2人ともアラウンド80歳になってからも新たに子ども授かっていたということ、皆さんご存知でしたか??
ちょっとだけ今回のコラムに辿り着いた経緯を説明しますと———
『プラダを着た悪魔2』が大ヒットしていますよね。私の勤めているクリニックの女性陣にも「映画館に観に行ってきた!」という人がちらほらいるのですが、
Aさん:「川口さん『プラダを着た悪魔』って観たことあります?」
私:「定年退職したロバート・デ・ニーロが再雇用で会社に入ってくるやつだっけ?」
Aさん:「??」
Bさん:「それ『マイインターン』じゃないですか?」
私:「えっ?!違う映画?」
Bさん:「主人公は同じ女優さん(アン・ハサウェイ)ですが‥‥」
ということがあり、コテンパンに流行に取り残されたおじさん扱いされたのですが、ロバート・デ・ニーロについてちょこちょこ調べていたところ、なんと79歳で7人目の子どもを授かったというではありませんか。さらには、ロバート・デ・ニーロとも数々の映画で共演し盟友とも言われるアル・パチーノは、83歳で4人目の子どもを授かっているとのこと。
「ずっと違う映画と間違えてたけど、やっぱりアメリカは一味違う‼これは是非ともコラムにしなければ‼」と思い立った結果、いまノートPCに向かって記事を書いているところです。
話しを戻しますが、年齢と妊活・妊娠との関連について、“妊孕能(妊娠するための能力)”や“高齢出産”というとどうしても女性側が取り上げられがちです。しかしながら現在、妊活・妊娠に伴う年齢とリスクの関係性は、決して女性だけの問題では無いということがさまざまな学術的な研究より明らかとなってきています。
今回は、ロバート・デ・ニーロやアル・パチーノのように、妊活・妊娠において男性側が高齢の場合ではどのようなリスクがあるのか?について解説していきたいと思います。
世界的に初婚年齢や第一子を授かった時の年齢が高齢化している
そもそも現在では、社会的な背景として男性の初婚年齢や第一子を授かった時の年齢が急速に高齢化しています。
厚生労働省が報告しているデータによると、2000年の男性の平均初婚年齢は28.8歳でしたが、2010年には30.5歳に、そして2025年の統計では31.1歳となっています。
初婚年齢が高齢化すると、当然ながら子どもを授かる年齢も高齢化します。第一子を授かった時の男性の平均年齢は、2000年では30.2歳でしたが2025年では33.0歳を超えると推計されています。
また、国立社会保障・人口問題研究所のデータによると、子どもが生まれた時点で40歳以上の男性(父親)は全体のおよそ10%を占めることも推計されています。
この傾向は日本だけでなく、アメリカやヨーロッパ諸国でも同様に見られていることが報告されています。
例えば、アメリカでは2000年の男性の初婚平均年齢は26.8歳でしたが、2025年では30.2歳に、イギリスでは、30.5歳から34.4歳へと、それぞれ高齢化が急速に進行しています。
史上最高齢で父親になった男性のギネス世界記録は〇〇歳!
アル・パチーノのように、83歳で父親になった事例でもかなりびっくりですが、世界ではさらに高齢で父親になった男性が存在します。
インド北部ハリヤーナー州に住むラマジート・ラグハブさんは、なんと96歳の時に2人目の子どもが誕生し、世界最高齢の父親としてギネス世界記録に認定されています。しかも、この方、94歳の時に第一子が誕生し、この時にすでにギネス世界記録に認定されています。つまり、二子目の誕生で、自身の持つ記録を塗りかえたということで、まさに『インド人もびっくり!(——ちょっと古い?)』な記録です。
一方で、この96歳という年齢については極めて懐疑的な見方をしている有識者もいます。
インドでは、2010年からすべての国民に対して固有の番号を割り振り、個人識別を行うアーダール;Aadhaar制度が導入されており、これは日本でいうところの「マイナンバー」に当たる制度でもあります。
マイナンバーと同様で、納税申告や行政サービスを受ける際にはアーダール身分証明カードの提示が必要になるのですが、アーダール制度が導入される以前は、インドでは正式な戸籍制度や出生記録制度が存在せず、土地の登記による仕組みも非常に曖昧でした。そのため、1916年に生まれたとされるラマジート・ラグハブさんの出生記録(生まれた年や場所など)が正式なものかどうかが判断できないため、あくまでもこの記録は暫定的なものだ、と唱える有識者も少なくありません。
年齢とともに変化する“精子のクオリティ”
年齢と妊娠の関係については、女性ばかりが注目されがちではあるのですが、やはり男性側にも高齢で父親になることに関して大きなリスクが伴います。
2022年に、アメリカ生殖医学会が発刊する学術誌Fertility and Sterilityにアメリカ・ユタ大学、ネバダ大学、ベイラー医科大学など複数の研究機関の研究者らが、『父親が高齢の場合に妊活・妊娠における、生殖能力に及ぼす影響、妊娠中に胎児が受ける影響、そして産まれてきた子どもの健康に及ぼす影響』に関する包括的で大規模なレビューを発表しました。
この研究によれば、年齢を重ねるごとに精液量、精子濃度(精子の数)、運動性、形態的評価、精子DNAの損傷率などは少しずつ悪化していき、精子DNAの損傷率は、40代以降の男性において大幅に増加していくことが示唆されています。
年齢を重ねるとともに、精子の数や運動性という部分が少しずつ悪化していくということは何となく聞いたことがあったり目にしたことがあったり、おおよそ皆さんの想像の通りなのではないかと思います。しかしながら、簡単に言ってしまえば、男性が年齢を重ねていく過程で、実はそういった目に見える変化よりも、精子のクオリティ(質)を指す“DNAの異常”という目に見えない変化の方が顕著に表れているということです。
近年、日本でもDFI(精子DNA断片化指数:精子のDNAが損傷している割合を測定する)検査やORP(酸化還元電位:精液中の酸化ストレスの強さを測定する)検査が頻繁に行われるようになってきましたが、これらの数値が高い場合では、受精率、胚発生率、着床・妊娠率、出産率など、高度生殖医療において大きな悪影響を与えることが数多くの学術研究より明らかとなってきています。
この研究率いた日系医師のジンボ マサヤ博士も、「これらの変化は、父親の高齢化が不妊症だけでなく、自然妊娠後の流産のリスク上昇にも強く関連していることを意味する」と述べるとともに、精子DNAの損傷(Sperm DNA fragmentation)と父親の高齢化が、不妊治療の反復性不成功症例や、流産のリスクを著しく高めることを指摘しています。
妊娠中や出生後の児の健康リスクも増加する
さらに、父親が高齢の場合では、出生後の“児の病気のリスク”というのも著しく増加します。というのも、文献を探してみると古いものでは1950~60年代頃から『父親が40代以降の高齢の場合、子どもが軟骨無形成症(Achondroplasia)という遺伝性疾患を持って生まれる可能性が高い』ことが多数報告されており、その後も現在までに様々な児の疾患との関連性が続々と明らかになってきています。
2018年に、英国医師会が発行する世界トップレベルの医学誌であるThe British Medical Journalに、米・スタンフォード大学の研究チームが発表した論文では、父親の高齢化が新生児の低出生体重やけいれん発作のリスク増加と関連していることを報告するとともに、様々な小児がんや先天性心疾患の発症率増加とも関連していることを示唆しています。
この研究は、2007年から2016年の間にアメリカで出生が記録された4,000万人以上の児を対象とした非常に大規模なもので、妊娠・出産週数、出生時の体重、アプガースコア、新生児集中治療室への入院の有無、産後抗生物質投与の必要性、痙攣の有無などを細かく評価しました。
その結果、母親の年齢を問わず、45歳以上の父親から生まれた乳児は、34歳以下の父親から生まれた乳児と比較して、妊娠週数に関係なく早産のリスクが14%以上も高く、痙攣のリスクが18%以上高くなることが明らかとなりました。
また、興味深いことに、父親が高齢の場合、パートナー(母親)の妊娠糖尿病のリスクが34%以上高くなり、出産時における早産のおよそ13%は、父親の高齢に起因すること推定されました。
論文の著者らは、このような妊娠中のパートナーや児の健康状態に与える要因との関連性について、そのメカニズムが不明確であることを前置きした上で、「父親のライフスタイルや年齢の経過とともに体内に蓄積された環境物質・化学物質など、複雑な要因が影響している可能性が高い。また、加齢とともに精子を形成する細胞に突然変異やDNA損傷が生じ、それが児に受け継がれている可能性もある。」としています。
まとめ:『高齢出産』は女性だけに当て嵌まるワードではない?
さて、今回のコラムでは、高齢男性の妊活におけるリスクについていくつかの学術論文をご紹介しながら解説してきました。
これまで‥‥というよりも現在もなお、夫婦・カップルが妊活/妊娠に苦労している場合、女性側にばかり注目される傾向があります。特に『年齢』という要因は、日本産科婦人科学会などでも具体的なデータも示されていることから、[女性の年齢=妊娠の可能性]というイメージを持っている方も多いのではないでしょうか?
しかしながら、本コラムでご紹介した論文は、このような性別的な生殖能力に関する考え方にイノベーティブな変化をもたらす可能性があります。アル・パチーノやロバート・デ・ニーロの例があるように、確かに男性の生殖能力は女性よりも緩やかに低下していくのかもしれません。
しかしながら、本コラムで解説した通り、児やパートナーの健康状態との関連性については、父親の年齢も極めて重要であることが数多くのエビデンスを以て明らかになりつつあります。
先述したように、高齢の父親の数は全世界的に増加傾向にあります。この傾向が続けば、生殖医療現場はもちろん、社会的な意識も間違いなく改革が必要になるのではないでしょうか?
近い将来、『高齢での妊娠』『高齢出産』という言葉の持つ意味が、女性にだけ当て嵌まるワードでは無くなっていくのかもしれませんね。
参考文献
- The Times of India, Haryana's landless laborers become oldest father at 94 https://timesofindia.indiatimes.com/india/haryanas-landless-labourer-becomes-oldest-father-at-94/articleshow/7172168.cms
- Fertility and Sterility, Volume 118, Issue 6, December 2022, Pages 1022-1034, Fertility in the aging male: a systematic review, Masaya Jimbo M.D., Ph.D. et al.
- Human Reproduction Update, Volume 10, Issue 4, July 2004, Pages 327–339, Reproductive functions of the ageing male, Bianca Kühnert et al.
- British Medical Journal 2018;363:k4372, Association of paternal age with perinatal outcomes between 2007 and 2016 in the United States: population based cohort study, Yash S Khandwala et al.








