検査結果は二人で知るべし

不妊治療は少し特殊な医療です。

一般的には、個人が医療機関を受診するとその人のためのカルテが作成されます。必要に応じて家族の情報や病歴が記録されることはありますが、診療記録の主人公はあくまで受診した本人です。

しかし、不妊治療はカップルふたりが治療を受けるため、妻のカルテに夫の詳細な情報も記録されたり、カップルがそれぞれ受診している場合にはふたりの診療記録が紐づけられたりします。
診療記録の主人公は、おふたりなのです。

あなたは自分の検査結果を、自分より先にパートナーだけに説明されたら、どのように感じるでしょうか。

または、パートナーの検査結果をあなただけに説明されたらどうでしょう。家に帰って、医師ではなくあなたが、検査結果の詳細をパートナーに伝えることができるでしょうか。

ここで事例をご紹介します。
これは、ある特定の一事例ではありません。不妊治療専門機関で心理カウンセリングを行っている筆者が、たびたび出会うエピソードから作成したものです。

無精子症の診断を受けたAさん夫婦

Aさん夫婦は、自宅で妊活をしてもなかなか妊娠しませんでした。まずは検査と相談だけでもしてみようと思い、妻が近隣の婦人科を受診しました。妻の血液検査や超音波検査では、特に異常が見られません。医師からは、まずタイミング療法から取り組んでみるよう助言されました。

数周期のタイミング療法にトライした後、医師から夫の精液検査を勧められます。妻が帰宅後に夫にそのことを伝えると、積極的に精液検査を受けたいとのことでした。病院からもらった採精カップに夫の精液を入れ、妻の受診予定日に、妻が持っていきました。その際、精液検査結果の委任状も提出しました。委任状とは「やむを得ない理由がある場合、精液検査の結果を代理人(妻)に伝えても良いですよ」という夫の意思を示す書類です。

次の妻の受診日のことです。診察後、医師から「旦那さんの精液検査の結果を、今日聞いていきますか?旦那さんが別の日にご自分で聞きに来ますか?」と尋ねられたので、妻は「今日、私が聞いて夫に伝えます」と返事をしました。

医師から聞いた夫の精液検査結果は、

「精子が全く見当たりません。無精子症の可能性があるので、泌尿器科の専門外来がある病院で詳しい検査を受けてきてください」

というものでした。

医師は他にも何か説明してくれたような気がしますが、「精子が全く見当たらなかった」「無精子症かもしれない」という言葉があまりに衝撃的で、妻の記憶には何も残りませんでした。

頭が真っ白の状態で病院を後にした妻は、混乱した頭の中でこう思います。

「夫に、どう説明すればいいのだろう…」

妻は夫に検査結果をどう伝えれば良いのかわからず、しばらく考えました。やっとLINEに打ち込めたのは、「検査結果を聞いてきたよ。今日は早く帰ってきてほしい」というメッセージ。

何も手につかないまま夫が帰ってくるのを待ちました。夫にこの事実を伝えなければいけない重責が、妻にのしかかります。

もしも結果が悪いとわかっていたら、妻は自分一人で検査結果を聞こうと思わなかったでしょう。

もしも病院で「精液検査の結果が出ているので、今度は旦那さんと一緒に受診してください」と言ってもらえたら、妻が一人で検査結果を聞くことはなかったかもしれません。

いつもより少し早めに帰宅した夫に、妻は病院で受け取った検査結果の紙を見せ「精子が全く見当たらなくて無精子症かもしれないから、別の病院で詳しい検査を受けた方が良いんだって…」とありのままを伝えました。

夫は、妻から「早く帰ってきて」と言われた時点で嫌な予感がしていました。「精子の数が少なかった」といった結果は想像していました。しかし、まさか精子が全くいないとは思っておらず、言葉が出てきませんでした。

無精子症ならば、ふたりの子どもは望めないかもしれません。ふたりが今まで当たり前のように思い描いていた、子どものいる未来のイメージがガラガラと崩れていくような感覚。

今まであると信じて疑わなかった精子がないということは、夫にとってまるで自分が欠陥品であるかのようにも感じられる衝撃です。まさか自分が…と信じられない気持ちと、妻への罪悪感。

また、原因は何なのか、子どもを授かる可能性はどれくらいあるのか、そのために何をすれば良いのか、夫は知りたいことが山のようにありますが、今その質問ができる医師は目の前にいません。

その日、ふたりはほとんど会話もすることなく、ただ涙を流して過ごしました。

翌日から、信頼できる泌尿器科の医師を探すことになりました。

ふたりの情報量を同等にする大切さ

筆者は、できることならカップル揃っている状態で、一緒に検査結果を聞けるのがベストだと考えています。
治療方針を相談する時や、培養結果を聞くときも同様だと思います。なぜならば、情報量の差異や理解の差異はカップルの不妊治療に対する温度差に影響し、ふたりの意思疎通をしにくくさせることがあるからです。

妊活や不妊治療の知識はもちろんのこと、検査結果や自分たちが行っている治療内容についても、カップルの情報量を同等にするよう心掛けてほしいと思っています。

もちろん、コロナ禍に受診制限をしている医療機関もありますし、受診のためにおふたりの都合を毎回調整するのが難しいこともあるでしょう。

検査結果の委任状をもらっているのだから、本人の検査結果をパートナーだけの受診時に伝えても問題ないと考える医療者もいます。しかし、検査を受けた本人がいない場で重要な内容を伝えるのは、カップルの心理的混乱を生みます。何より、本人に正確な情報が伝わらない可能性があるのが問題です。

Aさん夫婦のような事例が後を絶たないのは、医療機関側の配慮が足りないことも一因ではないでしょうか。

医療機関の判断だけに任せず、当事者が積極的に知識や情報を得ていくことが重要です。

2022年4月からの不妊治療保険適用化では、医療機関と患者カップルが一緒に治療計画を立て、同意のサインをしてから治療が始まります。

不妊治療は妻が受診することが多いので、どうしても妻の方が知識豊富になります。一方、夫は妻から伝聞で検査結果や治療内容を聞いて、わかったつもりになっていることがあります。「治療のことはよくわからないから妻にお任せ」という考えになっている方も多くみられます。

検査結果に関しては、具体的にこのような工夫ができるでしょう。

  • 検査結果や説明はできるだけふたりで聞きに行く。
  • ふたりで聞きに行けない場合は、説明を聞いたほうが詳細にメモを取る。
  • メモをもとにしてパートナーに説明できるか、病院を出る前に頭でシミュレーションしてみる。自分で説明するのが難しいと思ったら、わからないことを看護師に相談する。

もしくは、医療機関からパートナーに説明してほしいことを伝え、電話やテレビ通話を使ってパートナーにも診察に参加してもらう。

ふたりの未来のための治療なのですから、自ら積極的に知識や情報を得て、理解・納得しながら治療を進めて頂きたいと、筆者は思います。

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