はじめに
男性の約20人に1人は男性不妊症と言われています。
不妊と聞くと女性の問題だと考える方が多いと思いますが、WHO(世界保険機関)の報告によると不妊のおよそ5割は男性側にも原因があると考えられているのです。
2010年にはWHOの精液検査マニュアルが改定され、一般精液所見の基準値が見直しや新しい検査の追加がありました。
この追加内容は、精子の質を見るものであり受精卵の発育や妊娠継続に対して大変大きく影響していることが分かってきています。
また、「ブライダルチェック」という結婚前の検査がありますが、最近では女性だけでなく男性の精液の状態を調べる施設も多くなってきています。
不妊関係の学会や研修でも、精子に着目する内容が非常に増えてきたように感じています。
妊活成功への近道のカギは、男性側にあるのではないか?と思っています。
それでは、精子を良くするためにはどうすればいいのでしょうか?
その答えは、「ありません。」
正確には良くすることというよりは悪くしないようにすることが大事であり、
例え男性不妊症でなくても「予防する」という考え方が最も重要になってくるからです。
男性不妊の原因
男性不妊の精液所見の主な症状としては、
・乏精子症:精子の数が少ない状態
・精子無力症:活発に前進運動ができる精子がとても少ない状態
・無精子症:射精精液の中に精子がいない状態
などがあります。
それでは精子を悪くする原因とは一体何なのでしょうか?
これらの原因を改善することによって妊娠率の上昇が期待できるでしょう。
①病気
・精液の異常(造精機能障害)
男性不妊の病気で最も多く、およそ80%を占めると言われています。
精子の数が少ない、精子の運動性が低い、精子がまったく造られないなどです。
・精路の異常(精路通過障害)
精子の通り道が狭くなっていたり、塞がっていたりすることが原因で正常な精子が排出されなくなります。
先天性、後天性など様々な原因がありますが、その原因によって適切な治療の見極めが重要となります。
・勃起・射精の異常(性機能障害)
最近増えているのが、勃起しない、射精できないという症状です。
特に妊活を始めると女性の排卵日に合わせて性交をしようとする際、プレッシャーを感じてしまい勃起できなかったり、射精がうまくできなかったりする方も増えているようです。
また、陰嚢の静脈が拡張してしまう精索静脈瘤という病気がありますが、これは手術することで精液所見が改善することが多くみられます。
②セックスレスの夫婦が増加
日本人は、世界的にもセックスレスの夫婦が多いことが分かっています。
使わない機能は衰えていくため、長い間セックスをしていないと勃起力は維持しづらくなります。
また、精子は毎日作られますが、あまりに禁欲期間が長い場合では古い精子が残ってしまい新しく造られた精子にも悪影響を及ぼしてしまい精子の質が低下してしまいます。
妊活の時だけでなく普段から夫婦間のコミュニケーションをとるようにしてくださいね。
③加齢・晩婚化
日本では晩婚化、少子化が進んでよくニュースなどでも話題になっています。
また、妊活に踏み込めないご夫婦もいらっしゃるようです。
経済的な問題や女性の社会進出などが挙げられるようですが、男性でも女性でも仕事も家庭(家事など)も共に協力すれば何ら問題のないことだと思います。
また、年齢が上がると女性だけでなく男性も妊娠力の低下傾向にあるため「いつかは子供が欲しい」ではなく結婚や妊活は出来るだけ早く取り組むべきだと考えます。
④生活習慣の乱れ(睡眠、肥満、ストレス)
過度な運動や疲労、偏った食事によるストレスは、様々な細胞が傷つけることがあり精子に対しても例外ではなく質を悪くすることが分かっています。
ストレスが増える原因としては、活性酸素と抗酸化作用のバランスが崩れることですので、抗酸化作用を含む食品(緑黄色野菜、海藻・海鮮類など)やサプリメント(コエンザイムQ10など)を積極的にとるようにしましょう。
また、精子を造るための男性ホルモンを増やすためには質のいい睡眠が大事になってきます。
適度な運動と質の高い睡眠をとるようにしましょう。
カフェインのとり過ぎも睡眠の質に影響します。
⑤喫煙、アルコール
喫煙や過度な飲酒は造精機能や精子の運動率に悪影響を及ぼすことが分かっています。
また、睡眠の質にも影響してきますのでできるだけ控えるよう心がけてください。
デスクワークと男性不妊の関係性
近年、男性不妊は世界的に増加していると言われています。
それは、長時間の座り仕事・運転、パソコンやスマートフォンの普及などによる働き方の環境変化かもしれません。
パソコンを膝の上で作業することやスマートフォンをポケットに入れっぱなしにすると電磁波の影響で男性不妊になるとかならないとかという話がありますが、電磁波というものは不確かなもので根拠が分かりにくく関連性が薄いとされています。実はもっと他に理由があるのではと思っています。
その理由とは、パソコンを膝の上で作業するとそれを支えようと太ももを閉じている姿勢になり熱がこもる状態や締め付けによって睾丸が圧迫されそれにより温度が上昇し精子に悪影響を及ぼしているのではないかというものです。
海外の研究では膝の上で1時間パソコンの作業をしていると、陰嚢の温度が2℃程度上昇したという報告がされています。この研究では精液所見の比較はされていませんが、精子形成に何らかの悪影響を及ぼす可能性があるということです。
電磁波の影響よりもパソコンやスマートフォンによる陰嚢の温度上昇の方がより影響が強いように思えます。
そんなことで?と思われるでしょうが、
卵巣と違い精巣(睾丸)は、体の外にありますがこれは精子が育つのに適している温度が体内の温度より低い35℃が理想であるからと言われています。精子はとても温度変化に非常に弱く1℃変化があると精子を造る機能や運動性が低下してしまいます。
また、足を組んでの作業や締め付ける下着(ボクサーパンツやブリーフ)を着用、座ることを3時間以上継続して作業していても精液所見が悪くなるという研究結果が出ていますので、1、2時間に一回は作業を中断し、椅子から離れるように心がけましょう。
もちろん長時間の運転や自転車の移動も同じことが言えますので、適度な休憩をとるようにしてください。
酸化ストレスと不妊症
酸化ストレスが高いと精子のDNA損傷率が高くなることが分かっています。
このDNA損傷率が高くなると、うまく受精出来なかったり、受精できても後期発育に影響を及ぼし停止したり、流産になる可能性があると言われています。
出来るだけ酸化ストレスを減らすには、
・適度な運動
・規則正しい睡眠(いい睡眠)
・偏った食事はNG
・喫煙、過度なアルコールは控える
・抗酸化作用のある食品、サプリメントをとるようにする
などです。
また、人間にとって最も重要なのは、「睡眠」だと思います。
パソコンやスマートフォンで目を酷使した影響で不眠症となり不妊症になることも否定できません。
いい睡眠をとるように心がけましょう。
たばことの関係性
海外の研究によると喫煙者は精液量、精子数、運動性、形態すべての精子パラメーターで低下傾向にあること、染色体レベルでも影響を及ぼすことが分かっています。
最近流行りの加熱式たばこは、紙たばこと比べるとタールを含んだものではないのですが、体内には存在しないニコチンを同じく摂取しているため同じことがいえます。
様々な研究がされていますが未だ根拠は明白ではなく、他のいくつかの研究では影響の関連性を否定するものもあるみたいですが、体にとって有毒なのは明らかです。
世界的に見ても日本の喫煙者は、減少傾向にあります。
また、受動喫煙防止のために喫煙場所の制限や飲食店、企業、病院の多くの施設が全面禁煙を進めておりどんどん喫煙者にとっては住みにくい国になってきています。
「禁煙」がまずは妊活の第一歩なのではないでしょうか。
まとめ
・男性不妊の検査は積極的に受ける。また、病気がみられる場合は早めの治療を。
・禁欲期間は3~7日、出来るだけ夫婦間のコミュニケーションを持つようにする。
・妊活は出来るだけ早く取り組む。
・適度な運動をして肥満防止を心がける。
・抗酸化作用のある食事やサプリメントを摂取する。
・良質な睡眠をとる(喫煙、過度な飲酒、カフェインは控える)
・継続的な長時間の座り仕事(運転)は控える。
・パソコンは膝の上では使用しない。
・スマートフォンは前ポケットに入れない。
・陰嚢を締め付けるような姿勢(足を組むなど)を控える。
・締め付ける下着は着用しない。
・禁煙をする。
不妊治療を専門に行う生殖医療専門医の約9割が婦人科医であり泌尿器科医は1割にも満たないため男性不妊の専門医と呼べる医師は全国的にみると少ないといえます。
また、精子の詳しい検査などは保険適応になっていないために受けられるところは全国的に見てもまだまだ多くありません。不妊治療の過程で男性側の軽度な問題はスルーされている傾向にあります。
ですので、自分たちでまず出来ることからしっかりやって妊娠力を高めていきましょう。
最近では、ご夫婦で検査や治療に受けに来られる方も増えてきています。
妊活は長い夫婦人生のうちのイベントの一つだと考えて二人で協力して取り組んで行きましょう。
参考資料: Human Reproduction, April 2021 20;36(5); 1395-1404
Human Reproduction, February 2005 20-2; 452–455
European Urology Volume 70, Issue 4, October 2016, Pages 635-645
Molecular Cytogenetics, 7:58, 2014