ここ10年を境(2011年を契機)に日本でも従業員の強み・課題の見極め、従業員の得意を活かす戦略的な人材配置・人事異動を目指す『戦略人事』=『タレントマネジメント』が市民権を得てきたように思えます。
まず『タレントマネジメント』とは何か、その由来、日本において最近注目されるようになった背景についてみていきたいと思います。
『タレントマネジメント』とは
『タレントマネジメント』とは、従業員が持つタレント(能力・資質・才能を意味する英語を由来)やスキル、経験値などの情報を人事管理の一部として一元管理することによって組織横断的に戦略的な人事配置(強みの発見/業務の適正)や人材開発(得意分野を伸ばしスペシャリスト化を図る)を行うことをいいます。住所、年齢、学歴、職務経歴などの基本的な情報に追加登録し活用することによって、企業は多大なメリットを享受することが可能となります。
『タレントマネジメント』の由来
HRM(HumanResourceManagement)の分野で『タレントマネジメント』の概念が生まれたのは1990年代の欧米と言われています。その後21世紀に入り大手企業を中心に導入されるケースが増えてくるようになりました。そのきっかけを作ったのが日本でもその名が知れ渡っているアメリカの戦略系コンサルティング会社の代表格『マッキンゼー&カンパニー』が掲げた『War for talent』(人材育成競争)というキーワードでした。
現在、日本で『タレントマネジメント』(能力開発型)が注目されている背景
◎少子高齢化に伴う慢性的な人材不足。
日本の労働需要7073万人に対して、2030年には644万人の人材が不足すると民
間のシンクタンクと大学教授の共同調査で予測されています。
出典:株式会社パーソル総合研究所『労働市場の未来設計2030』
◎人材の多様化
時代とともに働き方や仕事に対する価値観(就業観・就業意識)は多様化しています。
そのため従来の日本固有の人材の新卒一括採用、社内での業務のローテーションを通じてのゼネラリスト育成のような画一的な人材マネジメントでは多様な人材の業務パフォーマンスが最大限発揮出来ない弊害があります。また人的資源管理政策が『組織志向的慣行』に基づいている日本の人事部が実施するインフォーマルなOJT研修(限定的な職務領域間で長期的なローテーション)は結果的に、半ゼネラリスト・半スペシャリストしか育たない環境を醸成しています。
その弊害を解消するための施策として『タレントマネジメント』(能力開発型)がその一助として関心を集めています。
第2節働き方の多様化に応じた能力開発等に向けた課題についてでは、多様な人材の能力が十分に発揮されている企業では、特に『職種・職能別の研修』、『役職別研修』といった実際に携わっている業務に関連する研修を適用されている者がより多い統計が出ています。
この統計データからみても、『タレントマネジメント』を人事管理の中心に据えている企業は労働生産性の向上や数年先の事業展開への備えを目的とする企業が多いことがわかります。
◎急速な市場変化
『ChatGPT』に代表されるAI・IoT・ビッグデータなどの最先端テクノロジーの急速な発達や新型コロナウイルス感染大流行を契機とした経済活動全般におけるパラダイムシフトを経験したポストコロナ後の社会は、以前にも増して従業員により高度な能力を求められるようになっています。
今後も企業が求める人材の『専門分化』の波は衰えるどころかより大きな流れとして社会に浸透していくと容易に考えられます。
以上に挙げた3つの要因を主として現在、日本で一人一人の持つポテンシャルを最大限に活用する『タレントマネジメント』(能力開発型)が注目されている背景があります。
日本企業における『タレントマネジメント』(能力開発型)の導入状況
厚生労働省公表の『平成30年版労働経済白書』第Ⅱ部働き方の多様化に応じた人材育成の在り方についてでは、2012年の統計の際は2%ほどの導入率だったものが、2017年の統計の際は7%に3倍以上、上昇して関心の高さと大企業ほど導入割合が高いことが判明しています。
2017年以降の厚生労働省及び経済産業省の『タレントマネジメント』導入率の最新の統計データは公表されていませんが、2017年の新型コロナウイルス感染拡大前とポストコロナ後の現在ではより個人一人一人が望むキャリアや社会がより専門スキルを持った人材を欲しているのは自明だと思います。2023年現在統計をとれば、3割程度は導入に至っていてもおかしくはありません。
日本における主な『タレントマネジメント』導入企業
以下の出典から抜粋。
◎サントリーホールディングス株式会社
◎KDDI株式会社
◎シミックホールディングス株式会社
◎ライフネット生命株式会社
◎日産自動車株式会社
◎楽天グループ株式会社
◎ソニー株式会社
◎東京電設サービス株式会社
◎アサヒビール株式会社
◎伊藤忠商事株式会社
◎味の素株式会社
◎株式会社クラレ
◎株式会社フジクラ
◎株式会社メルカリ
◎株式会社リクルートホールディングス
◎豊田通商株式会社
◎オムロン株式会社
◎中外製薬株式会社
出典:経済産業省 経済産業政策局 産業人材政策室
マーサー ジャパン株式会社
『平成30年度 産業経済研究所委託事業(企業の戦略的人事機能の強化に関する調査)』
まとめ/今後の日本企業に『タレントマネジメント』は根付くのか。
前述に『タレントマネジメント』が日本でも導入されつつある傾向があることを紹介しましたが、働き方改革をはじめ近年日本従来の価値観(就業観・就業意識)は多様化というよりも高スキル所持者が以前よりも優遇される労働市場へ日本全体で移行しつつあると疑いの余地はないと思います。
(労働法制/高プロフェショナル制度等)
現在のところ『タレントマネジメント』は大企業を中心とした動きと捉えられるものの、急激なインフレと並行して上昇しつつある人件費・人材確保困難等の観点(中小企業が市場で生き残る必須条件)からもそれほど遅くないうちに中小企業等でも『タレントマネジメント』が定着するのは適者生存の理論からも必然的結果だと思います。
参考文献・HP・データ
厚生労働省『平成30年版労働経済白書』
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/18/dl/18-1-2.pdf
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/18/backdata/column2-4.html
経済産業省 経済産業政策局 産業人材政策室
マーサー ジャパン株式会社
『平成30年度 産業経済研究所委託事業(企業の戦略的人事機能の強化に関する調査)』
https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/jinzai_management/pdf/20190329_04.pdf
今野浩一郎・佐藤博樹 人事管理入門(新装版) 日本経済新聞出版 2022年
石山恒貴 日本企業のタレントマネジメント 中央経済社 2020年