
職場での「上司」「部下」間のコミュニケーションの難しさ
日々の業務の中で、トラブルの報告や、プライベートのことで勤怠上の相談を部下から受ける際「もう少し早くいってくれればよかったのに…」とか「どうして伝えてくれなかったんだろう…」という気持ちになったことはありませんか?
このような職場での部下からの報告しづらさは、各個人の性格要因や職場のマンパワーの問題だけでなく、「上司」と「部下」という関係性が影響を与えていることがあります。
日本では、第2次世界大戦まで民主主義という概念がなく、相手を大切にして自分は一歩下がって動くことが求められがちで、年齢役割が上の方、権威・権力がある人に対して自分の気持ちや考えを控えた消極的な表現をしがちでした。この消極的なコミュニケーションに慣れ親しんだ親が子育てをして価値観を教育してきたため、現代の若い方々の中にも、困ったことが起きて伝えたくても適切な伝え方が分からず、苦しみを抱える方々が大勢おられます。
この苦しみから脱却し、職場の関係性がより豊かになるために役立つのが「アサーション(アサーティブ・コミュニケーション)」です。アサーションは、自尊心を高めてくれ、コミュニケーションによるストレスを軽減し、精神的健康の維持にも役立ちます。
部下との関係性をより豊かに育み、業務上のコミュニケーションをより良いものにしていくために、一緒にアサーションの学びを深めていきましょう。
アサーションとは?
アサーションは、自分の考えや気持ちを素直に率直に、その場に合った適切な方法で表現することを示します。つまり「自分」も「相手」も大切にするコミュニケーションということです。アサーションの根本は「人はみな平等」であり、お互いが権利を尊重することで、自分も相手も大切にした対等な人間関係を築く姿勢が、非常に重要になってきます。
この「平等」という言葉を耳にすると「職場での人間関係」に照らし合わせると違和感が生まれ、取り入れるのに難しさを感じる方はおられるのですが、人として平等であることや尊重する姿勢は上司・部下の関係性の前に、人として非常に重要な姿勢なのです。
人は、権力を持つ人やパワーが強い人、自分を評価して成績や給与、昇給などに影響する立場の人に対しては従順な態度になりやすく、相手の顔色を見て話してしまいがちです。
しかし、その態度が継続して自分の素直な気持ちを表現する権利を放棄し続けてしまうと、自尊心(自分の人格を大切に思う気持ち)・自己効力感(自分の能力に対する自信や達成できる力があると信じる感覚)が低下し、落ち込みや不安、頭痛や腹痛、涙が止まらなくなるなど様々なストレス反応が出てきてしまい、職場に出社するのが難しくなるケースもあります。
それでは、アサーションが職場にどのように効果を生んでくれるのか理解を深めていきましょう。
職場の中でアサーティブな自己表現を活用する効果
「アサーティブな自己表現」とは、自分も相手も大切にする自己表現で、自分の気持ちや考えを率直に表現しつつも、その場に合った表現で相手に伝える表現です(言葉遣いや声の大きさ、周りの方への配慮なども大切です)。
職場は、様々な年齢層の方がおられますし、皆それぞれ価値観も違います。職場の上司・部下という関係性であれば、業務との距離感や取り組んでいる仕事が違うため同じトラブルを見ていても「見え方」は違います。そのため、意見の相違や葛藤が生じるのは自然なことだと言えるでしょう。
このような場面で、アサーティブな自己表現を発揮できると、お互いが話し合うことを大切にする姿勢が生まれ、信頼関係が醸成される土壌ができます。お互い見えているものが違っても、役回りや立場が違っても、お互いが大切にされた気持ちになり、仕事がしやすい関係性を築くことができるのです。
部下が自分の意見を伝えられなかったり(非主張的な自己表現)、相手の言い分を軽視して結果的言い分を押し付け“対話”が生まれない主張(攻撃的な自己表現)をしてしまうと、その場の一瞬は乗り越えられたとしても、上司・部下間の信頼関係は傷つくことはありますし、次第に情報伝達がうまくいかなくなり、お客様・利用者様にご迷惑をかけてしまう事象にまで発展してしまうこともあります。
アサーティブな在り方をベースに、アサーティブな自己表現が実現できれば、関係性は良くなっていきます。上司にも部下にも仲間にも、みな平等に考えや気持ちを自由に表現する権利を守ることは、大切な職場の仲間のためにも自分自身を守るためにも役立つことを心に止めておきましょう。
それでは、職場の中で、どのようにいれば部下が話しやすく相談しやすい環境が創れるのか、アサーティブな「在り方」について理解を深めておきましょう。
部下が安心して相談できるアサーティブな「在り方」
職場の中で部下の方が相談しやすく適切な報告・連絡・相談がしやすい環境を創るには、「自分」も「相手」も大切にするコミュニケーションを実現する次の3つの姿勢が非常に重要です。
コミュニケーションスタイル
私もあなたも「OK」 相手を思いやりつつ、自分自身も高め「中立的」でいることを心掛けます。相手ばかりを尊重したり、自分ばかりを優先したりしないように気をつけて、双方が相手を思った自己表現ができるように意識しましょう。
話し方・口調
穏やかで聴き取りやすく、自分の気持ちを正直に伝えることを心掛けましょう。要求は明瞭かつ直接的に伝え、客観的で素直なわかりやすい言葉遣いを心掛けてみてください。
表情・態度
自信をもって、落ち着いて、リラックスした姿勢でコミュニケーションに挑みましょう。温かいまなざしも大切で、相手を受け止める受容、共感的な対応が効果的です。
この3つの姿勢を意識して、部下の言葉に耳を傾け続けると、委縮から生じる「伝えづらさ」や「相談しづらさ」が軽減していきます。仕事上、上司として伝えなければならない場面も当然ありますが、そういった場面でも相手のことを人として大切に思い、素直な気持ちを表現する誠意が伝わると、信頼関係も深まっていきますので、是非意識してみてくださいね。
では最後に、相談しやすい在り方をおえたところで、実際にアサーションを活用いただくために、効果的なコツをおさえておきましょう!
アサーションを職場で活用するコツ
上司がアサーションを用いて会話をしようとしても、部下がアサーションの理解が乏しく、なかなか心を開いてくれないというケースは多々あります。そのような時に効果的なのが「自己信頼」を高めることです。
自己信頼とは、自分自身を信頼することで、自己理解(自分自身を理解していること)・自己受容(自分自身を受け止めること)・自尊心(自分自身の人格を大切に思うこと)の3つから成り立っています。
アサーションは、自分も相手も大切にするコミュニケーションなので、自分自身を大切にする力が必要です。自分を信頼するということは、自分を拠り所にできて、自分自身を頼ることができる状態の事を示します。
自分に自信が持てず、自己信頼が低い状態だと、自分で自分を認めることができないため、相手からの評価や承認を求めがちになります。そうなると、相手の反応が怖くなり、相手に対して不安や緊張が生まれやすく、非主張的・攻撃的な自己主張をしてしまいやすくなってしまうのです。
自己信頼を高めるのに効果的なのは、自分の好きな所や長所、過去を思い返して成長したところを理解して、自分を正しく理解することです。頭で考えるだけでなく紙に書きだすのも効果的で、自分を俯瞰してみることができ、自己理解が深まります。部下の方が頑張ってきたことや大切にしている価値観、部下の方が周りから認めてほしいと思っていることを上司が理解できれば、そこに部下の方の心の居場所ができます。社会的動物である私たち人間は、安心できる居場所は、仕事のモチベーションにも多大な影響を与えるのです。
私たちは皆自由に自己表現をする権利を持っていますし、アサーションが使えると心が楽になります。是非皆さんの職場でアサーションをご活用いただき、職場の中で豊かなコミュニケーションが生まれることを、心から祈っております。
【参考文献】
■平木 典子(2000) 自己カウンセリングとアサーションのすすめ 金子書房
■平木 典子(2022) 三訂版 アサーション・トレーニング ‐さわやかな<自己表現>のために‐ 金子書房
■小川 祐一(2013) アサーション能力とチームワークの関係 -アサーション能力の高さはチームに良い影響を与えるのか‐ 立教ビジネスデザイン研究 第10号
file:///C:/Users/PC03/Downloads/AA11919969_10_04.pdf
■大郷 みさき 設楽 万里子 山崎 智子 石崎 有希 (2010) 精神科ナースのアサーションと職場ストレスとの関連 日本精神保健看護学会誌 Vol19 No.1
https://www.jstage.jst.go.jp/article/japmhn/19/1/19_KJ00007493138/_pdf/-char/ja