遺伝とプレコンセプションケア ―家族の歴史を、未来の安心につなげるために―

「うちの家系は糖尿病の人が多いんです」
「母も姉もつわりが重かったので、自分もそうなるのでしょうか」
「親戚に生まれつきの病気をもつ人がいて、少し気になっています」

助産師として妊娠や出産に関わるなかで、このような声を耳にすることがあります。また、相談を受けていると、「知るのが怖い」「もし何か見つかったらどうしよう」と、遺伝に対する不安を抱えている方も少なくありません。

近年、「プレコンセプションケア」という考え方が広まりつつあります。これは、妊娠を希望している人だけではなく、将来の健康やライフプランを見据えて、妊娠前から自分自身の健康と向き合う取り組みのことです。

そのなかで、実はとても大切なのが「遺伝」や「家族歴」を知ることです。

今回は、遺伝とプレコンセプションケアについて、必要以上に不安になることなく、未来への備えとしてどのように向き合えばよいのかを考えてみたいと思います。

目次

プレコンセプションケアとは「未来の自分への贈りもの」

プレコンセプションケア(Preconception Care)とは、将来の妊娠・出産だけでなく、その先の人生も含めた健康づくりを目的とした取り組みです。

具体的には、

・バランスのよい食事や適度な運動
・十分な睡眠やストレスケア
・禁煙や節酒
・適正体重の維持
・感染症対策やワクチン接種の確認
・定期的な健康診断や婦人科受診
・持病の管理
・妊娠や子育てを含めたライフプランについて考えること

などが含まれます。

「妊娠する予定がまだないから関係ない」と思われる方もいるかもしれません。しかし、自分の体や心を知り、将来の選択肢を広げることは、すべての年代の人にとって意味のあることです。

そして、その健康管理の一つとして注目されているのが、「遺伝」や「家族歴」を知ることなのです。

遺伝とは、運命ではなく“体からのメッセージ”

「遺伝」と聞くと、病気が必ず受け継がれるようなイメージを抱く方もいるかもしれません。しかし、遺伝とは決して「未来が決まってしまうこと」ではありません。

私たちの体には、DNAと呼ばれる遺伝情報が存在し、身長や体質、顔立ちなどの特徴だけでなく、一部の病気のなりやすさにも関わっています。

たとえば、乳がんや卵巣がん、前立腺がん、膵がんの一部には、BRCA1やBRCA2という遺伝子の変化が関係することが知られています。また、高血圧や糖尿病、脂質異常症なども、遺伝的な体質と生活習慣の両方が影響すると考えられています。

ただし、「遺伝的な要因がある=必ず発症する」わけではありません。

同じ遺伝的背景があっても、食生活や運動習慣、睡眠、ストレスへの対処など、日々の積み重ねによって発症リスクを下げられる場合もあります。

遺伝とは、人生のシナリオそのものではなく、「少し注意して見守ったほうがよいポイントを教えてくれる情報」と考えるとよいでしょう。

家族歴は、健康を守るための大切なヒント

家族歴とは、血縁者の病気や健康状態についての情報を指します。

例えば、

  • 両親や祖父母に高血圧や糖尿病の人がいる
  • 若いうちに心筋梗塞や脳卒中になった家族がいる
  • 特定のがんを発症した親族が複数いる
  • 先天性疾患や遺伝性疾患をもつ家族がいる
  • 流産や死産を繰り返した家族歴がある

といった情報です。

医療の現場では、両親、祖父母、きょうだい、おじ・おば、いとこなど、三世代程度の家族歴が参考にされることがあります。

もちろん、すべてを正確に把握している必要はありません。

「祖母は糖尿病だった気がする」
「父方にがんの人が多かった」

そんな断片的な情報でも、大切な手がかりになります。

家族の歴史を知ることは、病気を探すためではなく、「自分に合った予防法や健康管理を考えるため」に役立つのです。

遺伝カウンセリングという選択肢

もし家族歴について気になることがあった場合、「遺伝カウンセリング」を利用するという方法があります。

遺伝カウンセリングとは、遺伝に関する専門的な知識をもつ医師や認定遺伝カウンセラー®などが、本人や家族の不安や疑問に寄り添いながら、必要な情報提供や意思決定の支援を行う場です。

ここで大切なのは、「検査を受けるよう勧められる場所」ではないということです。

遺伝学的検査を受けるかどうかも含めて、

「どんな可能性が考えられるのか」
「検査を受けるメリットとデメリットは何か」
「結果を知ったあと、どのような選択肢があるのか」

を一緒に整理し、あなたらしい選択を支えてくれます。

遺伝に関する問題には、「正解」はありません。

子どもをもつかどうか、いつ妊娠するか、検査を受けるかどうかなど、一人ひとりの価値観や人生観によって選択は異なります。だからこそ、「自分で決めるための情報を得ること」がとても大切なのです。

心のケアも忘れずに

臨床で患者さんと関わる中で感じるのは、遺伝の話題には、医学的な側面だけでなく、心の揺れが伴うということです。

「自分のせいで子どもに影響するのでは」
「家族に申し訳ない」
「知ってしまったら怖い」

そんな思いを抱く方もいます。けれど、遺伝は誰かの努力不足や責任によって起こるものではありません。そして、知ることを選んでも、知らないことを選んでも、その選択は尊重されるべきものです。

不安な気持ちを一人で抱え込まず、パートナーや家族、かかりつけ医、助産師、遺伝専門医、認定遺伝カウンセラー®など信頼できる専門家に相談してください。誰かと一緒に考えることで、心の負担が軽くなることも少なくありません。

「知ること」は、未来の安心につながる

家族歴を確認したり、遺伝について学んだりすることは、決して不安を増やすためではありません。

むしろ、

「少し早めに検診を受けよう」
「生活習慣を見直してみよう」
「必要なときには専門家に相談しよう」

といった具体的な行動につながります。

それは、将来の妊娠・出産への備えであると同時に、自分自身の健康を守ることにもつながります。プレコンセプションケアとは、「元気な赤ちゃんを産むためだけのもの」ではありません。自分らしく生きるために、今の自分を大切にし、未来の選択肢を増やしていくためのライフケアでもあるのです。

おわりに

家族の歴史を振り返ることは、ときに不安や戸惑いを伴うかもしれません。しかし、その情報は、未来を縛るものではなく、未来をより豊かに、安心して歩むための道しるべになります。

遺伝は「運命」ではありません。そして、プレコンセプションケアもまた、「完璧な準備」を求めるものではありません。今の自分の体と心に目を向け、「知ること」「相談すること」「できることから始めること」。その小さな一歩が、あなた自身の健康、そして大切な人との未来につながっていきます。

誰かのためにではなく、まずは自分自身を大切にすること。その積み重ねが、次の世代へと受け継がれる大切な贈りものになるのではないでしょうか。

【引用・参考資料】

遺伝カウンセリングQ&A 日本遺伝カウンセリング学会

https://www.jsgc.jp/faq2.html

はじめようプレコンセプションケア

https://precon.cfa.go.jp

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この記事を書いた人

助産師/生殖心理カウンセラー 谷村弥生のアバター 助産師/生殖心理カウンセラー 谷村弥生 助産師/生殖心理カウンセラー

大学病院、大学教員、県不妊専門相談センターを経て大学病院に勤務中。
おひとり、おひとり、状況や抱えているお悩みが違うからこそ、しっかりとお話を伺ってその方・カップルにとっての「最善」が選択できるよう支援したいと思い、ファミワンへジョイン。新たな環境で皆さんと関われることを楽しみにしています。
どんなことでも、どんなお気持ちでも、遠慮なく安心してお話しいただけるよう頑張ります!