
「サクセスフルエイジング(Successful Aging)」──この言葉を聞いたことはありますか?
これは、1990年代に米国の老年医学者ロウとカーンが提唱した概念で、加齢に伴う変化をただ受け入れるのではなく、心身ともに健やかに、自分らしく年を重ねるという生き方の指針です【※1】。
そしてこの「成功する老い方」の視点は、実は今、妊活やプレコンセプションケアに取り組む世代にとっても非常に大切なヒントを与えてくれます。
平均初産年齢30.9歳。だからこそ「今からできること」に目を向ける
厚生労働省の統計によれば、日本の平均初産年齢は2022年時点で30.9歳と過去最高を更新しています【※2】。キャリア形成やライフスタイルの多様化により、出産のタイミングが遅くなる傾向は続いています。
一方で、女性の卵子の数と質は年齢とともに自然に減少していきます。20代後半から30代後半にかけて徐々に妊娠しづらくなるという生物学的な事実に対し、「どう備えるか」という視点がこれまで以上に重要です。
サクセスフルエイジングとプレコンセプションケアの接点
「プレコンセプションケア(Preconception Care)」とは、将来妊娠を望むかどうかに関係なく、自分の心と体を整えておくことを指します。成育医療研究センターでは、次のような項目がプレコンセプションケアの基本とされています【※3】
喫煙・飲酒の見直し
栄養バランスのとれた食生活
適正な体重の維持(BMI 18.5〜24.9)
ストレス管理
感染症(例:風疹)の予防接種
月経やホルモンの記録
パートナーとの妊娠・出産に対する価値観の共有
これらは、まさにサクセスフルエイジングの柱「病気を予防し、身体機能と社会的なつながりを保つこと」に通じます。

プレコンセプションケア=未来の自分への“思いやり”
プレコンセプションケアは「赤ちゃんのための準備」と捉えられがちですが、本質は“自分の人生を整えること”にあります。
たとえば、「自分の食事や睡眠に気をつける」「感情やストレスと向き合う」「自分の月経周期を知る」。これらは妊娠の有無にかかわらず、女性が自分らしく健やかに生きるために必要なことです。
これはまさに、“成功する加齢”=サクセスフルエイジングの視点と重なります。
妊活の「ゴール」は妊娠だけじゃない
私がこれまで出会ってきた妊活中の女性の中には、「妊娠できなければ自分には価値がない」と感じてしまう方も少なくありませんでした。でも本来、妊活は「命を迎え入れる準備」でもあり、「自分を整える旅」でもあるはずです。
ある30代後半の女性は、生活習慣を見直し、ホルモンの記録をつけるようになってから「自分の体と対話する感覚が芽生えた」と話してくれました。彼女はその後妊娠されましたが、「妊娠する・しないに関わらず、この経験が私を前より健康で幸せにしてくれた」と振り返っています。
サクセスフルエイジングの3つの柱と妊活のつながり
ロウとカーンが提唱したサクセスフルエイジングの3要素【※1】は、以下の通りです:
1.疾患や障害の予防
2.高い身体的・認知的機能の維持
3.積極的な社会参加
これを妊活やプレコンセプションケアに置き換えると…
・疾患の予防:子宮内膜症、甲状腺疾患、生活習慣病の管理や予防、ワクチン接種など。
・機能の維持:適切な栄養、運動、良質な睡眠、ストレス対処。
・社会参加:妊活中の孤独を癒すコミュニティ参加、パートナーとの対話、仕事との両立。
つまり、妊活とは「将来の赤ちゃんのため」だけでなく、「自分の人生をどう生きるか」という根本的なテーマと向き合う機会でもあるのです。
妊娠も老いも、“自分らしく生きる”ことの延長線上にある
私たちはどうしても“結果”に一喜一憂してしまいがちです。
けれども、妊娠というのは一つの通過点であり、人生全体のストーリーの中ではほんの一場面です。
今日の小さな積み重ね──野菜を多めにとること、眠る前にスマホを閉じて深呼吸すること、自分を責めずにいたわること──それがサクセスフルエイジングの第一歩であり、妊娠力の土台を育む道でもあるのです。
まとめ 〜「今から整える」ことが、未来を変える〜
妊活は、ときに不確かで、ゴールの見えない旅のように感じるかもしれません。
けれども「自分の人生を大切にする」「将来の可能性を増やす」という視点に立てば、そのプロセスそのものが人生の質を上げる体験になります。
サクセスフルエイジングも、プレコンセプションケアも、すべては「今この瞬間」をどう生きるかという問いかけから始まります。
あなたが今日、自分に優しくできたなら──それが未来のあなたを確実に支えていることを、どうか忘れないでください。
出典一覧
※1:Rowe, J.W., & Kahn, R.L. (1997). Successful Aging. The Gerontologist, 37(4), 433–440.
※2:厚生労働省「人口動態統計(令和4年)」
※3:成育医療研究センター「プレコンセプションケアセンター」
