はじめに ーARTデータブックとはー
皆さんこんにちは。胚培養士の川口 優太郎です。
2024年8月30日に、日本産科婦人科学会から“最新版”となる『2022年ARTデータブック」が公表されました。
そもそも『ARTデータブック』とはなにか?ということですが、日本産科婦人科学会が主体となって、毎年、日本全国のIVF実施登録施設から施設毎ごとに提出された体外受精に関わる治療成績を集計して報告しているものです。
もう少し具体的に説明すると、基本的に、日本全国のIVF実施登録医療機関(生殖医療を行っているクリニック・病院)で行われたIVF・ART治療は、「UMINデータベースART症例登録システム」というインターネット上のシステムを用いて、行った治療内容の詳細を学会に報告する義務があります。
そのため、IVFを実施した病院・クリニックでは、すべての症例ごとに治療内容の詳細をUMINデータベースに“登録する”という形で学会に報告をし、学会側は報告された症例に対して「症例登録番号」を付番していきます。(※少し前までは、不妊治療助成金の申請などにこの「症例登録番号」が必要でした。)
日本産婦人科学会は、こうして集めたデータをまとめ、解析して『ARTデータブック』として毎年報告しているものです。
なぜ“最新版”なのに2023年では無く2022年なのかというと、この症例登録には出産までのデータが含まれているためで、妊娠-出産の期間を加味すると2年前のデータが最新となるわけです。
今回のコラムでは、最新版『2022年ARTデータブック』について解説をしていきたいと思います。
おおよそ10人に1人が生殖医療を介して誕生している
2022年に、日本で産まれた子どもの数は770,759人で、そのうち生殖医療を介して誕生した子どもは77,206人と報告されています。つまり、現代の日本ではおおよそ10人に1人が生殖医療を介して誕生しているという計算になります。
私が産まれた1980年代後半から90年代初頭頃は、約320人に1人という割合で生殖医療によって子どもが誕生していました。(年齢がバレてしまう 汗)
そこから10年が経った2000年には約100人に1人。さらに10年が経った2010年には約30人に1人と、その割合はどんどん増加していきました。昨年のデータが11.6人に1人という結果でしたので、今回の結果では昨年よりもさらに増加していたということになります。
不妊治療の保険適用が一助になっている
生殖医療によって誕生する子どもが増加している一因には、『不妊治療の保険適用化』がスタートしたことが大きなポイントとして挙げられます。
というのも、2022年の4月より人工授精などの一般不妊治療、ならびに体外受精・顕微授精などの生殖補助医療に対して保険適用がスタートしましたが、保険適用化によって治療コストが低下したことで治療に対するハードルが下がり、医療機関へアクセスしやすくなったことが一助となっているのではないかと考えられています。
実際に、総治療周期数は2020年が449,900症例、2021年が498,140症例と50万症例を超えることはありませんでしたが、保険適用後はじめてとなる最新版の2022年では543,630症例と報告されているため、大幅に増加していることがわかります。
他の保険診療とは大きく異なる“年齢制限”と“回数制限”
この不妊治療の保険適用化ですが、他のいわゆる保険診療とは大きく異なる点があります。
それは、(1)年齢制限と、(2)回数制限が存在するところです。
(1)年齢制限は、『治療開始時において女性の年齢が43歳未満であること』と定められており、43歳以上の方では保険を用いて治療を受けることは出来ません。ただし、治療開始時において——という規定のため、例えば42歳11か月の時点で治療計画を立てて実際の採卵が43歳になったとしても、採卵-胚移植まで(胚移植1回分に対して)は保険で受けることが出来ます。
(2)回数制限は、『初めての治療開始時点の女性の年齢が40歳未満では6回まで。40歳以上43歳未満では3回まで。(いずれも1子ごと)』と定められています。
データ・エビデンスと保険適用
なぜこのような“年齢制限”や“回数制限”が存在するのかということですが、ARTデータブックを読み解くとその理由がわかります。ここからは少し厳しいお話しになるので、是非、心して読み進めていただけたらと思います。
我々が、病気やケガをして医療機関を訪れた時、窓口で支払うのは実際にかかる医療費の3割です。では残りの7割はどう負担されているのかというと、健康保険で賄われています。
健康保険の財源は我々が納めている保険料であり、医療費が増加すれば必然的に自己負担の割合増加や保険料の引き上げに繋がってしまいます。そのため、保険診療は、特定の疾病に対して適正な治療を国が設定することで制度が設計されています。
不妊治療についても同様で、日本産科婦人科学会や日本生殖医学会が、国内で行われている不妊治療について有効性などのエビデンスレベルの評価を行い、生殖医療ガイドラインなどを踏まえた上で保険適用が設計されました。
この『有効性』という部分が非常に肝であり、不妊治療において年齢制限・回数制限が設けられた要因であると言えます。
例えば、総治療周期に対する生産率を見ると30歳~35歳くらいまではおおよそ30.0%程度で推移し、回数制限6回までの適応上限である39歳では17.9%と報告されています。
一方で、保険適用外となる43歳では生産率は5.7%であり、総治療周期の中には第2子目、第3子目の患者様(※若い年齢の時に凍結保存していた胚を移植している方)も含まれていますので、43歳以上で採卵-胚移植を受けられている患者様に限定するとこの数字は大幅に低下します。
また、採卵-新鮮胚移植周期で見ると43歳では生産率は0.3%というかなり厳しいデータも報告されており、不妊治療の『有効性』(コスト対パフォーマンス)という観点では、やはり保険の対象から外れてしまうのはやむを得ないのかもしれません。
データをいかに読み解き、受け入れていくか
人は、年齢に限らず、さらに言えば不妊治療に限らず、どうしても自分に都合の良い情報を集め、都合の良いように解釈してしまいがちです(私ももれなくそうですが‥‥)。
よくある例に「宝くじ」があります。
年末ジャンボ宝くじで1等が当たる確率は1/20,000,000とも言われていますが、皆さんも一度は「最近良いことあったし、もしかしたら当たるかも!」と根拠の無い自信を持って購入した経験はあるのではないでしょうか?
このような、自分にとって都合の良い情報だけを無意識的に集めてしまったり、反対に不都合となる情報を無視したり、元から集めようとしなかったりする傾向のこと“確証バイアス”と言います。
人間の脳は、自分が予期しない事態と対峙した際、咄嗟に「そんなことは自分にはありえない」という、想像を超えたストレスから心身を守るための防衛メカニズムを持っています。心身の健康を保つために作用する分には問題無いのですが、度を超えるレベルの場合には、非合理的な判断をしてしまう要因となり、結果的に深刻な事態を招くこともあります。大きな災害や事件が起きた時に、瞬間的に身を守るための行動を取ることが難しいのは、正にそのようなバイアスによる影響であると考えられています。
不妊治療に関して言うと、ある年齢を超えるとかなり現実的で厳しいデータが『ARTデータブック』では報告されています。しかしながら、先述したような“確証バイアス”というフィルターを通して見られてしまうケースは想像以上に多いです。
データを正しく読み解き、受け入れることは、不妊治療を行う上では非常に重要な過程です。
ご自身の年齢と妊娠率を正しく理解することは、例えば、どのくらい費用をかけるのか?どのくらいの期間トライするのか?といったことを考えるきっかけとなりますし、しっかりとこのようなライフプランニングを“ご夫婦で”行うことは、結果的に家族単位でのQOL(Quality Of Life)を向上させることに繋がります。
『ARTデータブック』を読み解くには、専門的な知識が必要になる箇所もあります。そういう時には是非ファミワンのサービスを活用していただき、ライフプランニングを行う上でのヒントとして役立てていただけたらと思います。
参考:
3.「データから考える不妊症・不育症治療」希望に応える専門外来の診療指針 編集 黒田恵司ほか メジカルビュー社
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