「カスハラ対策法」(労働施策総合推進法等の一部改正)について現場はどうしたらいい?

目次

我慢することが、仕事の美徳だった時代

一昔は、「お客様は神様」だった。私も若い頃は接客業をしていたので、そうやって教育されてきた。何かことが起こると、すべて店員の責任で、その上司の監督責任が問われた時代。「申し訳ございません」「以後気をつけます」何度も頭を下げる。それが商売だった。もちろんお客様の声に耳を傾けることは大事だ。苦情から学び、サービスを向上させることは必要だし、やはり商売の基本だと今も思う。しかし、「我慢も仕事のうちだ」となってしまっていないだろうか。従業員を守るべき会社や上司が、従業員に大きな負担がかかっていることを常識的だと思ってしまうのは違っているのではないだろうか。「お客様を大切にすること」と「働く人が我慢すること」がいつの間にか同じ意味になっていってたとも思える。時代は変わったなぁと思う。

2025年6月、労働施策総合推進法等の改正法が成立した。そして2026年10月1日から、事業主にはカスタマーハラスメントを防止するための措置を講じることが義務づけられた。これは単に、企業に新たなルールが課されたという話ではない。顧客等からの言動によって働く人の就業環境が害されることを防ぐため、企業が組織として向き合うことを求める、大きな転換点なのである。

そう、企業に問われるのは、社員を守る覚悟だ。こんな状況を想像してみてほしい。

 「私の対応が悪かったんでしょうか」ある日、サービス業で働くAさんは、顧客から厳しい叱責を受けた。最初は、サービスに対する不満だった。Aさんは話を聞き、説明し、改善できる点は謝罪した。しかし、話はなかなか終わらない。やがて言葉は次第に強くなり、Aさん自身を否定するような発言まで飛び出した。ようやく対応を終えたとき、Aさんは疲れ切っていた。

同僚が「大丈夫?」と声をかけると、Aさんは小さく笑って言った。「私の対応が悪かったんでしょうか。もっと頑張らなあかんかったんかな……」その言葉を聞いた同僚は、何も言えなかった。Aさんは、仕事を放り出したわけでも、相手の話を無視したわけでもない。誠実に対応しようとした。それでも、自分を責めていたのである。

こうしたとき、私たちは何と言えばよいのだろう。「お客様なんだから仕方ないよ」「次はもっとうまく対応しよう」。そんな言葉をかけて、本人の努力に委ねてしまってはいないだろうか。もし、同じことが何度も繰り返されたら。もし、Aさんが出勤するたびに不安を感じるようになったら。それでも、「接客の仕事だから仕方ない」と言えるだろうか。

私の若い頃は、我慢することが、仕事の美徳だった時代だった。かつての職場では、顧客からの厳しい言葉に耐えることも、仕事の一部だと考えられていた。多少つらいことがあっても、笑顔で対応する。腹が立っても顔には出さない。それがプロの姿だと教えられてきた人も多いだろう。

しかし、働く人にも感情がある。生活があり、家族があり、守られるべき尊厳がある。顧客からの正当な苦情に向き合うことと、理不尽な要求や暴言を受け入れることは、同じではない。

この当たり前のことが、ようやく社会全体で問い直されようとしている。企業は何を変えるべきなのか。

変わっていく社会、企業、個人、そして対応法、コミュニケーション

相談窓口を設ける。対応方針を明確にする。問題が起きたときには事実関係を確認し、被害を受けた従業員を支え、再発防止に取り組む。必要に応じて複数人で対応するなど、現場任せにしない仕組みも必要になる。

だが、制度を整えるだけでは十分ではない。大切なのは、困ったときに社員が「助けてください」と言える職場であること。そして、相談を受けた上司や経営者が、「なぜ、うまく対応できなかったのか」と本人を責めるのではなく、「何が起きたのか。一緒に考えよう」と向き合えることだ。

Aさんの職場で、上司がこう声をかけたとしたらどうだろう。「よく頑張って対応してくれたね。次は一人で抱え込まなくていいよ。一緒に考えよう」その一言ですべてが解決するわけではない。それでも、Aさんは少しだけ安心できるかもしれない。自分を守ってくれる人がいる。その実感が、明日も働こうと思える力になるのではないだろうか。

経営者にとっても、これは決して他人事ではない。従業員を守ることは、単なる福利厚生ではない。人が安心して働ける環境を整え、組織への信頼を育み、事業を持続させるための大切な経営課題なのである。

時代は変わったねぇ。その先へ

もちろん、顧客を大切にしなくてよい時代になったわけではない。苦情をすべてハラスメントとして退けてしまえば、企業は顧客からの信頼を失うだろう。必要なのは、何でも我慢することでも、何でも拒絶することでもない。正当な声には誠実に耳を傾け、許容される範囲を超えた言動には、組織として適切に対応する。その線引きを考え、実行することである。つまり境界線をどう引くかの判断が大事だと言える。バウンダリーを守ることはどの仕事においても必要だ。仕事とは役割なのだから。思えば、私たちは長い間、「お客様は神様」という言葉を大切にしてきた。その言葉に込められた、相手を尊重する心は、これからも失いたくない。ただし、相手を尊重することは、自分を犠牲にすることではないはずだ。お客様も大切。働く人も大切。どちらか一方を我慢させるのではなく、お互いを一人の人間として尊重できる社会へ。今回の法改正は、私たち一人ひとりに、そのことを問いかけているのではないだろうか。世の中はwin-winに向かっている。私はそう感じている。

「時代は変わったねぇ」。そう言って昔を懐かしむだけで終わらせたくはない。働く人が傷つくことを当たり前にしない。顧客も従業員も、互いに敬意を持って向き合う。そして企業は、そのための仕組みと覚悟を持つ。時代が変わったのなら、私たちの意識も変えていこう。その一歩を踏み出すことこそ、今、社会に求められているのではないだろうか。

企業の対応法まとめ

カスタマーハラスメント対策では、会社として方針を示すだけではなく、相談窓口の設置、発生時の対応、被害を受けた従業員への配慮、再発防止などを仕組みで整えることが重要だ。従業員を守ることと、お客様に適切なサービスを提供することの両立が大切になる。

①会社の基本方針を明確にする

これは決めて終わりではなくて、従業員に伝え、自分の会社でのカスハラの定義を決め言動例を作りわかりやすくすることだ。方針は決めて終わりではなく、しっかりと周知することが大事。

相談窓口・相談体制を整備する

相談窓口の用意だけではなく、相談・報告のルートの整備、速やかな対応、担当者の教育も必要だろう。

発生時の対応手順を決める

事実関係を迅速かつ正確に確認する。議事録や録音など記録を残すこと。
被害を受けた従業員と行為者の双方から状況を確認するなど、適切に事実確認すること。
被害を受けた従業員の心身の状態を確認し、必要なら医療などの関係機関に繋げる。
必要に応じて管理職が引き継ぐ。
プライバシーの保護、不利益取り扱い防止。
再発防止策を検討・実施する。

従業員育成やマニュアル作り等

カスタマーハラスメント基本方針、カスタマーハラスメント対応マニュアルの作成、ハラスメント研修の実施、顧客への周知(張り紙・SNS・HP等)
大切なのは、方針を作るだけで終わらせずに、従業員が被害に遭ったときに「誰に相談し、誰が対応を引き継ぎ、どう守るか」まで決めておくこと。そこまで整えると、現場で実際に機能する対策になるだろう。

参考資料

本記事は、以下の厚生労働省の資料を参考に作成しています。
・厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル(令和8年度改訂版)」
・厚生労働省「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」
※本記事は、上記資料を参考に、企業が取り組むべきカスタマーハラスメント対策の要点を整理したものです。具体的な対応にあたっては、最新の法令・指針等をご確認ください。

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この記事を書いた人

NPO法人日本心理教育ラボ理事長、公認心理師 岩崎恵美のアバター NPO法人日本心理教育ラボ理事長、公認心理師 岩崎恵美 NPO法人日本心理教育ラボ理事長、公認心理師

NPO法人日本心理教育ラボ理事長、公認心理師、キャリアコンサルタント、ブリーフセラピスト、NLPマスタープラクティショナー
プロフィール:流通業界の大手企業に総合職で入社。妊娠により退社後は、3人の子育てをしながら英語教室を開き、PTAでは会長を2度引き受けるなど積極的に参加し地域活動に貢献。その間並行してNLPや心理学を学び、2010年からカウンセリングサロンWISDOM HOUSEを経営。2012年にはNPO法人日本心理教育ラボを設立し企業の対人支援者育成や組織開発、人材育成に尽力している。