皆さんこんにちは。胚培養士の川口 優太郎です。
前回のコラム、〖出生率とワークライフバランス ~Part.1 出生率の低下と『人口時限爆弾』~〗では、世界中が直面している出生率の低下について、Demographic Timebomb;人口時限爆弾の意味とその現状、各国の人口動態について、またなぜ出生率が低下しているのか?について海外の視点からご紹介をしてきました。
今回のコラムでは引き続き、世界が直面している少子高齢化の問題について、各国の対応を例に挙げながら解説をしていきたいと思います。
少子高齢化にどのように向き合っていくか?
社会学・経済学的な視点では、国単位で出生率の低下に対応していくための具体的な方法として大きく2つの選択肢が示されています。
- 選択肢(1):国民をより健康に保ち、より長く期間雇用を維持すること。
- 選択肢(2):途上国や紛争問題を抱えている国から大規模な移民を受け入れること。
です。
これだけを聞くとかなり極端な方法に聞こえるかもしれませんが、実際のところ、海外諸国の動向を見ると、現実的にいずれかの選択肢で少子高齢化対策を進めようとしていることが伺えます。
雇用期間を延長し定年年齢を引き上げる
例えば、アジアの国で見てみると、シンガポールは世界の中でも最も急速に少子高齢化が進んでいる国の一つで、上記の選択肢(1)を導入しようとしている国です。
シンガポールでは、一部の企業に対して、定年年齢の引き上げや中年期労働者の研修、69歳までの再雇用が義務付けられており、高齢であっても労働者が希望すれば定年退職後もこのような制度を利用して仕事を続けることが出来るような取り組みが行われています。
現在、シンガポールの定年年齢は63歳ですが、2030年以降には65歳以上に引き上げられる予定となっており、現状の再雇用制度が継続されれば就業を続けられる年齢は70歳以上になるのではないかと予測されています。
シンガポール政府も、より多くの高齢者が就業を続けるための計画や制度設計をすでに開始しており、健康状態の監視や適切な医療を受けられる支援のため介護福祉や医療従事者の育成・確保に繋げる取り組みを強化し、巨額の予算を投じています。
同様の傾向は、アメリカでも見られます。アメリカ労働統計局(BLS)の報告によると、アメリカ国内の65歳以上の人口が労働することで賄われる消費の割合は、他の先進国と比較して最も高い国の一つとなっているとしています。
現在アメリカでは、66歳2ヶ月から社会保障年金を受け取ることができますが、早ければ2026年以降に67歳にまで引き上げられる予定となっています。
また中国では、2024年9月13日付で全国人民代表大会常務委員会(全人代)が70年間不変だった定年年齢を、2025年から徐々に延長していくことを可決しました。
老後も長く働くという方針は、あまり受け入れられるものではないかもしれませんが、経済や社会保障の側面からすれば避けられない事態となることはかなり現実的です。
大規模な移民・難民を受け入れる
この社会的問題に対するもう一つの選択肢は、先述したように途上国や紛争問題を抱えている国から大規模な移民を受け入れることです。
人口統計学・社会学の視点から見れば、移民を受け入れるという政策は、国の出生率低下という問題を簡単に解決できる可能性があるとされています。
少し極端な考え方ではありますが、途上国から年齢の若い労働人口と成り得る移民を受け入れることや、シリア(出生率『2.74』)やパレスチナ(ガザ地区:出生率『3.34』)などの紛争問題を抱える国や地域から難民を受け入れることが、20~30年後という中長期的な視点で見た時に、出生率や労働者の数を維持する効率的な方法であるというものです。
当然ながら、大規模な移民に対しては政治的な問題や法律・宗教・文化の違いといった大きな壁があることは周知の事実ですが、一方で、いわゆるポピュリズム政権・国家(※大衆の利益を追求し、少数派や社会的弱者を無視した政治を行う国家)でさえ、少子高齢化という危機的な状況を背景に対して、必要に駆られて目をつぶっているという現状もあります。
中央ヨーロッパに位置するハンガリーは、その最も象徴的な国の一つです。
ハンガリーの与党議員らは、「移民に対して一切寛容ではない」という姿勢・主張を選挙の度に強くアピールしていますが、実際には、公には認めない形ですでに介護や医療などの分野では選択移民のための資金提供や支援制度の強化が行われています。
また、フランスでは、フランスに利益をもたらす若い高度人材を積極的に受け入れるといった「選択的移民政策」と呼ばれる政策も行われています。
民間・個人のレベルでも考えていくべき課題
移民の受け入れに関しては、どこの国でも多くの問題を抱えており“不人気”な政策であるとも言えます。日本でも、埼玉県川口市のトルコ系またはイラン系クルド人と地域住民との衝突はよく取り上げられているトピックでもあります。
しかしながら、海外の日本と同じ問題を抱える諸外国の動向を見ると、やはり日本においても、国民の労働時間・期間を長くするか、移民を受け入れる数を増やすか、あるいはその両方が必要になるでしょう。
ただし、そのためには国民と政治家との間に“合意”が必要であり、老後の労働期間の延長や移民政策を承認するというアイデアでは、選挙で苦戦することは目に見えています。
つまり、短期間の間に問題解決にいたる政策が取られることは無いというのが現実的です。
将来、子どもを持ちやすくする環境や、子どもを持ちながらでも働きやすい環境を作り、仕事と生活の調和を図るためには、国の政策だけでは無く民間の企業や個人のレベルでも真剣に考えていかなければいけない時が来ているのかもしれません。
参考:
- 「少子化対策したら人も街も幸せになったって本当ですか?」泉 房穂、ひろゆき KADOKAWA
- 「こんな少子化対策 あったらいいね‼」堂前 雄平 幻冬舎
- 「公衆衛生がみえる 2024-2025」編集. 医療情報科学研究所 メディック メディア
- 朝日新聞デジタル「70年不変の中国の定年年齢、引き上げへ 男性63歳・女性55歳」
ほか