今年の大雨と健康被害 ―雨がやんだ後の身体にも目を向けて

今年の夏から秋にかけて、日本では各地で大雨による被害が相次いでいます。

8月には千葉県で記録的な大雨となり線状降水帯と呼ばれる、次々と発生する発達した積乱雲が列をなし、数時間にわたってほぼ同じ場所を通過・停滞することで、広い範囲に非常に激しい大雨をもたらす現象 が発生。大雨特別警報や土砂災害特別警報が発表され、浸水や河川の増水、道路の冠水などによって大きな被害が出ました。

さらに9月に入ってからも、伊豆諸島などで非常に激しい雨が観測されています。近年、このようなニュースを耳にする機会が増え、以前より大雨が怖くなったと感じている方もいらっしゃるのではないでしょうか。

大雨というと、まず思い浮かぶのは、川の氾濫や土砂崩れ、道路の冠水、車の水没などかもしれません。もちろん、こうした災害から身を守ることは何より大切です。しかし、看護師として災害時の健康について考えるとき、もう一つ忘れてほしくないことがあります。

それは、雨がやんだ後にも、さまざまな健康問題が起こるということです。

避難生活による疲れ。十分な水分が取れないこと。いつもの薬が飲めないこと。暑い中、寒い中での片付け作業。慣れない環境での睡眠不足。そして、災害そのものによる不安や緊張。こうした一つひとつは小さく見えても、重なってくると身体には大きな負担になります。大雨から身を守るということは、災害の瞬間を無事に乗り切るだけではありません。その後も、自分の身体とこころを守っていくことでもあるのです。

今回は、今年の大雨をきっかけに、大雨によって起こる健康被害と、私たちが今からできる備えについて考えてみたいと思います。

目次

今年の大雨から見えてきた身近な危険

8月の千葉県の大雨では、広い範囲で大雨特別警報などが発表され、住宅の浸水や道路の冠水など、さまざまな被害が発生しました。消防庁の被害状況資料では、死者や負傷者、住宅被害も報告されています。

今回の被害で改めて感じるのは、大雨による危険は、山間部や河川の近くに限らないということです。冠水した道路。アンダーパス。用水路。住宅地。そして、普段使っている道路。水が入ってくれば、私たちの日常生活の場所そのものが危険な場所に変わってしまいます。

「ここの程度の雨なら大丈夫」

「いつも通っている道だから」

「車に乗っているから安心」

「少しだけ様子を見てこよう」

そんな普段の感覚が、記録的な大雨のときには通用しないことがあります。特に冠水した道路では、側溝や用水路との境目が見えなくなります。水が流れている場所では、見た目よりも強い力で身体を取られることもあります。車も決して安全とは限りません。水位が上がれば車が動かなくなったり、車内から外へ出ることが難しくなったりする可能性があります。

ですから、大雨のときには、水の中には入らない!これを基本にしてほしいと思います。少しだけなら。。。と思ったときこそ、一度立ち止まる。危険が迫ってからではなく、危険になる前に安全な場所へ移動する。

それが、大雨から命を守るための第一歩です。

大雨の健康被害は“事故”だけではありません

大雨のニュースを見ると、死亡者数や住宅の被害件数などが大きく報道されます。もちろん、こうした数字は災害の大きさを知るうえで重要です。ただ、健康という視点から見ると、災害の影響はそれだけではありません。厚生労働省は、災害後の避難生活において、感染症、脱水、慢性疾患の悪化、深部静脈血栓症、生活環境の変化によるさまざまな健康問題が起こり得ることを示しています。

つまり、大雨が降る→ 避難する→ 生活環境が変わる→ 身体に負担がかかる→ 持病や体調に影響するという流れがあるのです。災害後の健康管理は、決して特別なことではありません。水分を取る、薬を飲む、身体を動かす、手を洗う、休む。普段なら当たり前にできていることを、できるだけ維持することが大切です。

① 感染症――泥や汚れた水に注意

浸水した地域では、泥や汚れた水に触れる機会が増えます。例えば洪水の水には、土だけでなく、下水などが混ざっている可能性があります。そこで特に注意したいのが、傷口からの感染です。片付け作業中に手や足を切ってしまった場合、泥や汚れた水が傷に入り、感染症につながることがあります。厚生労働省も、災害後のけがについて、土などで汚れた傷を放置せず、医療機関で手当てを受けるよう案内しています。破傷風への注意も必要です。片付けをするときには、手袋や長靴などを使い、できるだけ直接泥水に触れないようにしましょう。そして、傷ができたら、小さい傷だから大丈夫!とそのままにしないこと。きれいな水で洗い、傷の状態によっては医療機関に相談してください。

② 避難所では感染症にも気をつける

災害時には、多くの人が避難所などで一緒に生活することがあります。そんな状況では普段とは違う環境で、手洗いや換気、トイレなどの衛生環境を十分に保つことが難しくなる場合もあります。

厚生労働省は、避難所では感染性胃腸炎などの消化器系感染症が流行しやすくなるため、こまめな手洗いを勧めています。発熱や咳などの症状がある場合には、マスクなどで周囲への感染を防ぐことも大切です。また、下痢や嘔吐がある場合には、脱水にも注意が必要です。災害時だからこそ、手洗いという普段から行っている基本的な対策が大きな意味を持ちます。

③ 大雨なのに熱中症?――夏の水害では脱水にも注意

夏の大雨の後には、熱中症や脱水にも注意が必要です。雨が降っているのだから、暑さは大丈夫なのでは?そう思われるかもしれません。しかし、停電してエアコンが使えない。

避難所が暑い。片付け作業で汗をかく。トイレに行くのを避けるため、水分を控えてしまう。こうした状況が重なると、身体の水分が不足しやすくなります。特に高齢者は、喉の渇きを感じにくいことがあります。そのため、喉が渇いたら飲むだけではなく、無理のない範囲でこまめに水分を取ることが大切です。

ただし、心不全や腎臓病などで水分摂取量について医師から指示を受けている方は、その指示を優先してください。災害時には水をたくさん飲めばよい!と単純に考えるのではなく、自分の持病に合わせた水分管理を意識しましょう。

④ 持病の悪化――「いつもの治療」を守る

災害時に特に気になるのが、普段は安定している病気が悪化してしまうことです。

高血圧、心臓病、糖尿病、腎臓病などの治療を受けている方は、災害時にもできるだけ普段の治療を続けることが大切です。

ところが災害が起こると、薬を持って避難できなかった、病院へ行けない、薬局が開いていない、食事がいつもと違う、睡眠不足になったなど、さまざまなことが起こります。こうした変化が重なると、血圧や血糖、心臓や腎臓の状態に影響することがあります。だからこそ、普段からできる準備があります。お薬手帳をすぐ持ち出せる場所に置いておく。スマートフォンに薬の名前を記録しておく。かかりつけ医や薬局の連絡先を確認しておく。

非常用持ち出し袋の中身を一度確認しておく。こうした小さな準備が、いざというときに大きな助けになります。特に毎日薬を飲んでいる方は、薬がなくなってから考えるのではなく、災害時にもどう治療を続けるかを平時から考えておくことが大切です。

⑤ 「動かないこと」も健康被害につながります

避難生活では、身体を動かす機会が減ることがあります。

避難所で長時間座っている。車の中で過ごす。慣れない環境で、できるだけ動かないようにしている。こうした状態が続くと、足の静脈に血栓ができるエコノミークラス症候群、医学的には深部静脈血栓症や肺塞栓症につながる可能性があります。

厚生労働省は、予防のために、時々軽い体操やストレッチをすること、こまめに水分を取ることなどを勧めています。安全な場所であれば、少し歩く。座ったままでも、足首を動かす。かかとの上げ下げをする。ふくらはぎを軽く動かす。こうした簡単な動きでも構いません。ただし、片脚だけが急に腫れる、痛む、赤くなる、突然の息苦しさや胸の痛みが出るといった症状があれば、自己判断で様子を見ず、早めに医療機関へ相談してください。避難しているのだから、じっとしていなければ、そう考える必要はありません。できる範囲で身体を動かすことも、健康を守るための防災です。

⑥ 片付け作業は「頑張りすぎない」

災害後、自宅が浸水した方にとっては、一日でも早く元の生活に戻したいという気持ちがあると思います。家族のためにも頑張らなければ。早く片付けなければ。そう思うのは当然のことです。でも、どうか一人で頑張りすぎないでください

泥を運ぶ。家具を動かす。濡れたものを持ち上げる。床を何度も掃除する。こうした作業は、思っている以上に身体への負担が大きいものです。特に暑い時期には、脱水や熱中症にもつながります。作業はこまめに休み、水分を取り、できるだけ複数人で行いましょう。

疲れを感じたら、いったん休む。めまい、吐き気、頭痛、強いだるさなどがあれば、作業を中断する。これも大切な防災です。早く片付けることより、身体を壊さずに片付けることのほうがずっと大切です。

⑦ 忘れてはいけない、こころの健康

そして、身体と同じくらい大切にしてほしいのが、こころです。

突然の避難。自宅の浸水。大切なものを失うこと。家族や友人の安否への心配。これからの生活への不安。災害を経験すれば、誰でも心が大きく揺さぶられます。眠れない。食欲がない。落ち着かない。涙が出る。災害の場面を何度も思い出す。こうした反応が出ることがあります。

もっと大変な人がいるのだから、自分は弱音を吐いてはいけない、そんなふうに思わなくても大丈夫です。災害の後に不安になったり、眠れなくなったりすることは、決して珍しいことではありません。ただ、症状が長く続いたり、日常生活が難しくなったりする場合には、一人で抱え込まず、医療機関や地域の相談窓口などに相談してください。身体の傷に手当てが必要なように、こころの傷にも手当てが必要です。

大雨から健康を守るために、今からできること

では、私たちは何を準備しておけばよいのでしょうか。

特別なことをたくさんする必要はありません。

まずは、自分が避難するときに何が必要か考えてみましょう。水や非常食だけではありません。常用薬。お薬手帳。眼鏡。補聴器。マスク。衛生用品。モバイルバッテリー。タオル。必要な方は、乳幼児用品や介護用品など。これがないと困るというものを、一度書き出してみてください。そして、もう一つ大切なのが、自宅周辺の危険を知っておくことです。自宅は浸水する可能性があるのか。近くに川や用水路はないか。土砂災害の危険はないか。避難場所はどこなのか。どの道を通れば安全なのか。こうしたことは、雨が降っていないときに確認しておきましょう。

避難することも健康管理です。災害時には、もう少し様子を見ようと思ってしまうことがあります。でも、雨が強くなってからの移動は、それだけ危険になります。特に高齢の方、小さなお子さん、持病のある方、身体の不自由な方などは、避難に時間がかかることがあります。だからこそ、早めの行動が大切です。避難するというのは、必ずしも遠くの避難所へ行くことだけではありません。災害の状況によっては、安全な親族や知人の家などへ移動することも選択肢になります。大切なのは、危険になってから逃げるのではなく、危険になる前に安全な場所へ移るということです。避難は、怖いことではありません。

自分と大切な人の命を守るための、前向きな健康管理の一つなのです。

大雨の後こそ、自分の身体を気にかけてください。 大雨が過ぎると、ニュースの中心は道路や住宅の被害、復旧状況へと移っていきます。でも、そのときにも、どうかご自身の身体を気にかけてください。何となくだるい、食欲がない、薬がきちんと飲めていない、水分をあまり取っていない、何日も眠れていない、足が腫れている、息苦しい、気持ちが落ち込んでいる、そんな小さな変化も、身体からの大切なサインかもしれません。

特に、胸の痛み、強い息苦しさ、突然の激しい頭痛、意識がおかしい、片側の手足が動かしにくいなど、いつもと明らかに違う症状がある場合には、災害の疲れだろうと自己判断せず、早めに医療機関へ相談してください。

災害時だからこそ、我慢しすぎないこと。これくらいなら大丈夫と抱え込まないこと。

そして、周りにいる方も、お互いの体調を気にかけること。それが大切です。

おわりに――

大雨への備えは健康を守る備えでもあります。今年、日本では各地で記録的な大雨が発生しています。そのニュースを見て、怖いなと感じる方もいらっしゃるでしょう。自分の住んでいるところは大丈夫だろうか、家族が一人でいるときに大雨が降ったらどうしよう。そんな心配をするのも自然なことだと思います。でも、防災というと、どうしても非常食や水を備蓄することだけを考えがちです。もちろん、それも大切です。

けれど、もう一歩だけ進んで、災害が起きたとき、自分の身体をどう守るかまで考えてみてください。危険な場所には近づかない。冠水した道路には入らない。危険が迫る前に避難する。泥や汚れた水から身体を守る。こまめに水分を取る。持病の薬を切らさない。

避難生活でも、できる範囲で身体を動かす。片付けを頑張りすぎない。そして、こころがつらいときには誰かに相談する。これらはすべて、立派な防災です。

災害は、いつ起こるかを私たちが選ぶことはできません。けれど、起きたときにどう行動するかは、今から考えておくことができます。

何かあったら、そのとき考えようではなく、何もない今だからこそ、少しだけ考えておく。

その小さな準備が、いざというときの安心につながります。大雨から守りたいのは、家や大切な物だけではありません。何より大切なのは、その後も元気に生活していくための、あなた自身の身体とこころです。今年の大雨をきっかけに、ご家族と一緒にもし今、大雨が降ったらどうする?と一度話してみてはいかがでしょうか。

それだけでも、十分に意味のある防災の第一歩になると思います。

参考

・総務省消防庁「災害情報」
https://www.fdma.go.jp/disaster/
・内閣府「防災情報」
https://www.bousai.go.jp/
・気象庁「防災情報」「気象統計情報」
https://www.jma.go.jp/jma/menu/menureport.html
・厚生労働省「被災地での健康を守るために」
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/hoken-sidou/disaster.html
・厚生労働省「災害時の保健活動推進マニュアル」
https://www.nacphn.jp/02/saigai/pdf/manual_2019.pdf

・厚生労働省「エコノミークラス症候群の予防のために
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000170807.html 

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この記事を書いた人

8年間、循環器専門病院や専門病棟にて循環器内科・外科・集中治療室勤務しておりました。皆様に必要な情報を分かりやすくお届けできるようにしていきたいです。